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安心してください。彼はちゃんと救われますよ。
「……ティア様、もはやここまで! 我らの負けです!!」
リンボ・シティではない何処か遠くの世界。
迫りくる魔王軍に追い詰められた第二次魔王討伐隊は廃教会の中で死を覚悟していた。
「最後まで諦めてはいけません……!」
「ですが!」
「あの方は死んでいません! 運命の石の輝きが消えないのが何よりの証拠……」
「……」
「あの方は何処かで生きています! ならば信じて待ちましょう……勇者の帰還を!!」
勇者ニックが謎の黒い穴に吸い込まれてから既に二年が経過していた。
勇者を失った第一次魔王討伐隊は白魔導師ティアと弓手エンドを残してほぼ壊滅。
最後の四天王ジャークとの戦いで勇者の盟友である騎士皇ガイが死亡し、魔王の根城を前にして殆ど敗走に近い形で撤退した。
「ですが、エンド様は新生四天王との戦いで利き手が……! アストラ様は鬼神の如き強さで孤軍奮闘なされていますが、それもいつまで持つか……ッ」
それから一年後、生き残ったティアとエンド……そしてガイの妹であるアストラを筆頭に第二次魔王討伐隊が誕生。
かつての主力を失いながらも同じく主力を失った魔王軍を押し返し、今度こそ魔王を斃さんとしたが……
「あの方は必ず私達の元に戻ってきます! だから、だからそれまでは私達が……!!」
「き、来た! 新生四天王だぁーっ!!」
魔王が新たに生み出した、かつての四天王を大きく上回る力を持った新生四天王の出現で形勢が逆転してしまった。
「……! 皆、私から離れないで!!」
ゴゴゴォォォンッ!
「いやぁ、手こずった手こずった。あ、どうも、こんばんわ人間様……」
厳重に封印された廃教会の扉を容易く破壊し、新生四天王の一人イディオが現れる。
「偉大なる神壁!!」
ティアは生き残り達を守るように現在使用できる最大級の防御魔法を展開する。
「うーむ、まだ諦めないつもりか。いい加減に負けを認めてくれないかね?」
「私達は、私達はまだ負けていません! それに私達が負けても……勇者様が必ずお前達を、魔王を滅ぼします!!」
「こっちもそれが気になってるんだよ。一体、勇者様は何処に行ったんだ? 大切な仲間がここまで追い詰められてるのに奴は何処で何をしている?」
「……!」
「なぁ、本当はアンタも気付いてるだろ? 勇者様はもう来ないって」
イディオは白い仮面のような顔を縦に大きく裂かせ、内部からカマキリに酷似した醜悪な素顔を見せて挑発する。
「だから、もう諦めなよ。魔王様もアンタ達が居なくなってくれたらもう人間共には手を出さないってさ」
「……そんな言葉には、惑わされません!」
「うーん、頑固! そんな可愛い顔してるのにどうしてそんなに頑固なんだろうね! ああ、ちょっと気に入ったかも!!」
身体からメキメキという不快な音を立ててイディオは姿を変える。
背中から大きな翅を伸ばし、悪趣味な装飾が施された紳士服を引き裂いて巨大なカマキリのような本来の姿を顕にさせる。
「丁度、元気な子供を沢山産んでくれる母親を探していたところなんだ。君なら……きっといい母体になれるなぁ!!」
「く……ッ!」
「僕の蟲王鎌があらゆる防御魔法を引き裂くのは知っているよねぇ! 君が最後の魔力を振り絞って出現させたその障壁もぉ……無意味なんだよぉー!!」
イディオは下卑た金切り声のような嘲笑を上げてフラウ達に迫る。
「……ニック様ッ!!」
ティアは法杖を握りしめながら勇者の名前を呼び、祈るように固く目を閉ざした……
────ズゴォンッ!
不意に聞こえた轟音。何者かが廃教会の屋根を突き破ってひび割れた身廊に降り立つ。
「……なっ!?」
「!!」
天より降り立った謎の男は人の背丈はあろうかという銀の大剣を振るう。
イディオは咄嗟に剣撃を躱し、ジジジと蝿のような羽音を鳴らしながら乱入者を睨む。
「き、貴様は!?」
「えっ……?」
イディオに立ち塞がるのは白銀の鎧を装備した剣士。
まるで神の御使いのように煌めく燐光を纏い、金の装飾が施された堂々たるマント、そして……
「勇者様……?」
その大きな背中に背負うのは、神の祝福を受けた証である黄金のクロス。
「な、何ッ!?」
「驚いた……本当に、戻ってこれたんだな。彼らに感謝しなければ」
「ああ、あああ……!」
「すまない、遅れてしまった……」
涙を浮かべるティアに振り返り、異界より帰還した勇者は優しく声をかけた。
「だが、もう大丈夫だ。私は此処にいる」
見覚えのないおかしな兜のせいで素顔は見えないが、ティアにはわかっていた。
輝く鎧に大剣を担ぐ勇ましい姿に似合わない優しく温かい声……それでいて優しさの中に宿る確かな強い意思の光。
「……ニック様……!」
彼こそがニック・スマイリー。この世界パラディウトピアを救う使命を神々に与えられた選ばれし勇者である。
「ほほう、お前が勇者ニックか! 噂とは随分とイメージが異なるじゃないか……何だそのふざけた兜は!!」
「ん? ああ……コレか。お前が気にする必要はないよ」
「ふんっ、確かにそうだな……それよりも酷い顔になるからなっ!」
「……気をつけてください、ニック様! 敵は新生四天王の一人、蟲王イディオです! イディオの武器は……ッ!!」
イディオは不気味に煌めく鎌をニックに向け、そのおかしな兜や大仰な鎧ごと切り刻もうと襲いかかる。
「いいや、もう終わっている」
「何をッ────」
だが振り上げられたイディオの鎌は根本から千切れ飛び、続いてその悍ましい体もバラバラになって飛び散った。
「……ジャッジメント・ブレイド・インフィニット。お前が躱せたのは最後の一太刀だけだったようだな、イディオット」
「……おぉおおおおおおっ!」
新生四天王を一瞬で葬った勇者の圧倒的な力に皆が沸き立つ。
あまりの光景に呆然と立ち尽くすティアに近づき、その手を取りながら陳謝するように跪いた。
「あ……」
「……すまない。あの時、私が不用意に手を伸ばしたせいで」
「い、いいえ! いいえ! あれは魔王の卑劣な罠だったんです! 勇者様は何も悪く有りません……!!」
「どうか、かつての愚かな私を許してほしい……」
「ゆ、勇者様……っ」
「だが、私はもう決して君の手を放さない。そして、今度はこの世界の全てを救うと誓った。私に与えられたこの力はその為にあるのだから」
ニックは大きな瞳を輝かせ、涙に濡れたティアの顔を見上げて言う。
「それと、私はもう勇者ではない。ウォルターズ・ストレンジハウス名誉出張ファミリーのニックさ」
ほんの僅かな好奇心から異界に放り出され、そして色々あって愛する者達のもとへ帰還したニック。
「えっ……?」
「だから勇者様やニック様じゃなくて、これからはニックと呼んでくれ」
「に、ニック様」
「ニックだ」
「……ニック」
「よし、それでは状況を説明してくれ。私はこれから何をすればいい?」
だが彼が新たなる仲間達と共に魔王を打倒し、このパラディウトピアを真の意味で救済するのはまだまだ先の話である……
◇◇◇◇
「んぎゅ……」
「んっ……」
「……助けて」
約束されたその日まで、彼は異世界で金髪の魔女とその母親たる癒やしの白兎に 喋る抱き枕 として扱われる日々を送るのだから。
「……我慢してください。俺だって辛いんですから」
……青い悪魔を宿した哀れな青年と共に。
chapter.7 「憎い憎いも好きのうち」end....