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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.7 「憎い憎いも好きのうち」
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「……」


 ドロシーは割れたガラスから外に出て横転したハマーに近づく。

 その逞しい両腕は力無く垂れ下がり、ブブブと苦しげなうめき声をあげている。


「……大丈夫? ハマー君」


 ハマーに触れてドロシーは言う。


『……ブ、ブブ……ああ、セニョリータ(お嬢さん)。何とか、な……ブ……』


 ハマーはノイズ塗れの弱々しい声を出す。


 ドロシーはハマーにコツンと額を当て、彼女らしからぬホッとしたような溜息を漏らす。


「あんまり無茶な事しないで。君にも命は宿ってるんだよ? 壊れたら……」

『……ブブ、心配するな、セニョリータ。俺は、そう簡単に壊れない……だろう……?』


 心配するドロシーを大きな腕でそっと抱き締める。


「……ふふ、そうだね。ハマーは強いもの」


 ハマーに小さくキスをして表面を優しく叩く。大きな車体はガシャガシャと折りたたまれ、瞬く間に茶色のキャリーバッグの姿に変化した。


()()()守ってくれてありがとう、ハマー」


 ドロシーはキャリーバッグをギュッと抱きしめて呟く。


 車から振り落とされる直前、洗脳されたブリジットはドロシーを刺し貫こうとした。

 だがそうはさせまいとハマーは()()()()()()()()()()()のだ。自分の体がボロボロになってしまうのも顧みずに。


「ええと、ハマーさんは大丈夫ですか……?」

「うん、大丈夫。こうして鞄に戻せば治るから」

「……そ、そうなんですか」


 ほんの少し寂しげな彼女の背後からスコットが声をかける。


 悪魔の腕で勇者の鎧を軽々と持ち上げ、未だ放心状態のニックを抱えて此方を見つめる彼に振り返り、ドロシーはふふふと笑った。


「それじゃあ、今度こそ帰りましょうか」

「でも、どうやって帰るんですか? ひょっとして歩いて……」

「まさか、ちゃんと迎えが」


 キキィィーッ。


「ほら、来てくれたわ」


 そこに駆けつける黒塗りの高級車(ボクスホール)


「お迎えに上がりました、社長。そしてスコット様も」


 お洒落なドアは一人でに開き、笑顔が素敵な老執事がドロシー達を出迎えた。


「エクセレントよ、アーサー。いつもながら完璧なタイミングね」

「光栄の極みでございます」

「えーと……コレ、どう積み込めば良いんですかね」

「トランクルームに放り込んでおいて。でもハマー君は後部座席に乗せてあげてね」

「あ、はい」


 スコットは一人でに開くバックドアにビビりながらトランクに鎧を積み込む。


「……はっ! こ、ここは一体!?」

「あ、おはようございます。ニックさん」


 ここでニックが遥かな夢の世界から帰還し、大きな目をキョロキョロと動かして周囲を見回した。


「や、奴はどうなった!?」

「ああ、大人しくなりましたよ。もう大丈夫です」

「そ、そうか……すまない。どうやら私は少し気を失っていたみたいで……何があったのかよく覚えていないんだが」

「……思い出さないほうが良いです」


 バックドアをバタンと閉めてスコットはニックと共に座席に座る。


「あ、ニック君起きたのー? じゃあ僕に渡してー」

「へ? ああ、どうぞ……」

「いや、私は彼と同じ席で」

「そう言わないで、こっちにいらっしゃい」


 ドロシーはニックを膝上に乗せる。


 老執事はお嬢様の膝を独占する見慣れないヘルメットに鋭い視線を向けた。


「それは?」

「ニック君よ。今日から新しくファミリーになった子、異世界出身の勇者なんだって」

「ど、どうも。ニック・スマイリーだ。正確には元勇者だがね」

「はっはっ、それは頼もしい。また殿方が増えて心強いですぞ」

「はは……色々あってこのザマだけどね」

「このお爺さんはアーサー、僕の執事(バトラー)よ。仲良くしてね」

「バトラー? 何だそれは?」


 聞き覚えのない単語を聞いてニックは不思議がる。


「使用人のことよ。殆ど家族同然だけど」

「な、なるほど。しかしバトラー(BATTLER)か……この世界の使用人は随分と物騒な呼称なんだな」

「はっはっ、確かに呼び方は執事(BUTLER)ですが戦い(BATTLE)は専門外でございます。ガッカリしましたかな?」

「ふふっ」


 老執事のお洒落なジョークにドロシーはくすりと笑った。


「い、いやそんなことはない。戦いは戦士の仕事だ、使用人まで武器を取る必要はないじゃないか」

「ふふふっ!」

「はっはっは、その通りでございます。流石は勇者様です」


 そんなくだらないジョークを真面目に返すニックにドロシーは思わず口を抑えて笑い出す。


 何がそんなに可笑しいのかわからないニックはキョトンとし、妙に盛り上がる前の座席が気になってスコットはソワソワする。


「……」


 普段はいつも笑いの中心にいるのに珍しく疎外され、スコットは僅かにジェラシーを感じ始めていた。


「おや、失礼。そろそろ発車致します、目的地はお屋敷で宜しいですな?」

「はーい、お願いねー」

「……その、大変言いにくいんだが。抱き締めるのは止めてくれないかな」

「何で?」

「……こう見えて感覚があるんだ。その、人肌と同じくらいの」

「ふーん?」

「だから……抱きしめられると君の胸が当たって気になるんだ! 察してくれ!!」


 ニックは顔を赤くしながら正直に白状する。そんな彼の言葉を聞いてドロシーはニコッと笑い……


「ふふふー、気にしないで。抱き締めると温かいから落ち着くの」

「ウワァァァァァーッ!!」

「そんなに温かいのですか?」

「とっても温かいよ。この季節には重宝しそう。ルナも喜ぶよー」

「はっはっ、確かに。ルナ様は大層気に入りそうですな」

「ふふっ、最近は冷え性が気になるって言ってたものねー」

「止めろぉー! 放せー! 放してくれーっ! うおおおおーっ!!」


 魔女の明るい笑い声と勇者の悲鳴が木霊する黒塗りの車は鮮やかにUターンし、温かいマイホームに向けて走り出した。


「……」


 そんな和やかの車内で唯一人、スコットだけは不機嫌そうに窓の外を眺めていた。


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