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「……」
「うん、そのくらいでいいかな。上出来よ、上出来ー」
無言でバラバラになった鎧をロープで縛り上げ、スコットはドロシーに軽蔑するような眼差しを向ける。
「……ドン引きですよ、社長」
「え、何で?」
「マジで言ってます? よくまぁあんな酷い真似が出来ますね!? このニックさんの顔を見てくださいよ!!」
ドロシーに抱かれながらこの世の終わりを見たかのような顔で沈黙するニックを指差して言う。
「彼女にちょっぴり同情したのは本当よ。だからちゃんと再会させてあげたわ」
「あんなの再会とは言えませんよ! ただニックさんの心を傷つけただけじゃん!!」
「あの鎧ちゃんは自分に同調してくれない相手には何処までも残酷になれるタイプの子よ。反論するだけ只々面倒なだけ。外の世界にも沢山いたでしょ?」
「……」
「こういう手合いは話に乗ってあげてから不意打ちで黙らせるのが有効だよ」
ドロシーは鎧の表面をコンコンと突きながら小さく笑う。
「君の愛が本物なのはわかったけど、一人で熱くなるだけじゃ駄目よ? 少し頭を冷やしてどうして彼が逃げたのか考えなさい。それと……僕が君を破壊しなかったのは、唯の気紛れだって事を忘れないでね?」
鎧に釘を差してドロシーは携帯電話を取り出し、何処かに連絡を取る。
(……本当に、何なんだこの人は)
スコットはドロシーの人物像が掴めずに困惑する。
まるで子供らしさと大人らしさ、優しさと残酷さ、愛らしさと悍ましさ、光と闇が混ざりあう暗黒スムージーのようだ。
一体、どんな経験をすればこのような性格が形成されるのだろうか。
彼女が嫌われる理由を改めて実感しながらも、何故か逃げようとしない自分を不思議に思いながらスコットはふと気絶したブリジットに目をやる。
「……う、む……むっ?」
「あ、ブリジットさん……目が覚めましたかァァァァァーッ!?」
ようやくブリジットが目を覚ます。
だが殆ど裸同然のビキニにエプロンをかけただけの刺激的な衣装にスコットは絶叫した。
「ん、ああ……スコットか。私は一体……?」
「いや、本当にどうしたんですか! 何なんですか、その衣装は!?」
「む……? ああ、この服か」
ブリジットは豊満なバストを自然に持ち上げてボヨンと揺らす。
挑発しているのか否かは定かではないが、その誘惑的な仕草にスコットは無意識に息を呑む。
「これは新しい仕事の衣装だ。動きやすくて快適だぞ」
ブリジットは自慢げなドヤ顔で言った。
「新しい仕事って……一体、どんな場所で働いてるんですか!?」
「14番街区にある少し派手な装飾の店だ。こういう動きやすい服を着て男の相手をしているだけで中々の収入が得られる。良い仕事場だとおもうぞ」
「駄目じゃん! そんなところすぐに辞めてください!!」
「な、何故! 楽だし稼げるし賄い飯も出されてといい事づくしだぞ!?」
「駄目だよぉ!?」
自分の美貌を理解していないのか、それとも無意識に理解しているが故か。
とにかく怪しい店で働いてしまうブリジットの超弩級の天然ぶりにスコットは滝のような汗をかく。
しかも14番街区といえばヴァネッサの店を始めとした風俗店が多く建ち並ぶ有名な風俗街である。
「剣の手入れにはお金が必要なんだ! その為に体を張って稼ぐ事の何が悪い!?
そんな場所で働いていれば、ブリジットのようなダイナマイトボディの美女などあっという間に飢えた狼の餌食だ。
「そ、そんなにお金に困ってるなら社長に」
「目が覚めたのね、ブリちゃん。変な鎧に操られてたみたいだけど大丈夫ー?」
「はっ!」
鎧の事を思い出したブリジットが慌てて周囲を見回す。
「そうだ、あの鎧は……! オリハルコンの、オリハルコンの鎧は……!?」
「お、オリハルコン? 何ですかそれ……」
「あっ、あった……!?」
ブリジットはロープでぐるぐる巻にされた勇者の鎧を見つけるが……
「ち、違う! あの鎧ではない!!」
見た目が大幅に変わっていたのでスルーしてしまった。
「へー、あの鎧ってオリハルコンで出来てたのね。どうりで硬いと思った」
「違う……私が見たのはあんな形ではなかった。それにオリハルコンはもっと美しく、泥に塗れても色褪せない鏡のような光沢を放つ! あんな薄くホワイトがかった色ではない!!」
ブリジットはアレが自分の体に合わせて変化した勇者の鎧だと気付かずに悔しがる。
「ううっ……やっと見つけたと思ったのに……」
目当ての鎧が目の前にあるのにブリジットは勝手に落胆する。
だが勇者の鎧は唯のオリハルコンの鎧ではなく独自の意思を持ち、その色と形を自在に変え、オマケに女神の祝福を受けてあらゆる攻撃を防ぐ絶対的防御力を得ている。
しかも他者を誘惑してその身体を操る能力すら備え、脅威度Aクラス以上は確実のトンデモ異界器物だ。
(……あの小娘め……! 覚えてなさい……!!)
(隙を見てこのバカ女を操って……仕返ししてやりますからね!!)
例え手に入れたとしても加工などまず不可能。
アレを 唯の金属の鎧 と誤認した時点で、ブリジットはひたすら損な役回りに甘んじるしかなかったのだ……
「え、えーと……」
「記念に貰っていけば? 案外、役に立つかも」
「……いや、必要ない。ところで、ここは何処だろうか……?」
「え、あ……13番街区の」
「カムジンハイ・ストリート沿いにある服飾店 ソローニュだよ。14番街区に行きたいならここから南に向かってねー」
「……感謝する」
落ちていた愛用の剣を鞘にしまい、彼女はトボトボと歩き出す。
どうやら今まで勇者の鎧に操られていたという自覚は全くないようだ。
「……」
「うーん、相変わらずの天然ぶりね。少しは自分の体を心配したらいいのに」
「……で、あの鎧はどうします?」
「そうねー、放っておくとまた誰かを操って襲ってくるかもしれないし……」
ドロシーは沈黙する勇者の鎧を見て癖毛アンテナをピンと立てる。
「うん、持って帰りましょう」
「……マジで?」
「それじゃ、スコッツ君。あの鎧をニック君と一緒に運んであげて」
「いやもう川に沈めてやりましょうよ……アイツ絶対に面倒臭い事しますよ」
「まぁまぁ、そう言わずにね? ほら、ニック君よ」
ドロシーの強請るような笑顔をスコットは目を逸らして回避する。
「……はぁ」
そして重い溜息を吐きながらニックを受け取り、背中から再び悪魔の腕を呼び出した。