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これで二人は運命の出会いを果たし、お膳立ては大体整いました。
あとはわちゃわちゃするだけです。
「嫌がる相手に無理矢理飲ませるのはいけませんぞ、マリアさん。きっと彼は紅茶よりコーヒー派なのです。コーヒーを用意してあげてください」
(……ん?)
スコットが紅茶を一口飲むと同時に老執事が口を開いた。
「うふふ、ごめんなさい。コーヒーはここ数十年ほど切らしておりますの、紅茶で我慢してくださいな」
「彼の為に数十年振りのコーヒーを買ってあげるくらいの優しさは見せておくべきではありませんかな?」
「貴方こそ、可愛い新人の前で手首を鳴らしてどうしたの? 少し不機嫌そうよ?」
(あれ、何かいきなり空気が変わったんだけど……)
「はて、何のことですかな?」
「ああ、新人が男の子だったからガッカリしているのね。わかりやすい子だわぁ」
(ひょっとしてこの人たち……)
「はっはっは、冗談がキツイですぞ。マリアおばさん」
「うふふふ、照れなくてもいいのよ。小僧」
急に静かな口喧嘩を始める使用人二人にスコットは困惑する。
一口つけた紅茶の味もわからないままそカップを置き、やはりさっさとこの部屋を出るべきだという当初の結論に帰結した。
「ハーイ、リョーコちゃん。久し振りー、今日も元気そうね」
スコットが逃げる算段を続ける中、ようやく相手に通話が繋がったドロシーはご機嫌な様子で話しだした。
「うんうん、ところで聞きたいんだけどさ。うん、今日来る予定の新人君なんだけどね。実はお昼に来るはずなのに今……え? その人の首なし死体がニューテムズ川に? どういう事??」
場所は変わって13番街区にあるボロアパートの一室。そこを根城にしている情報屋のリョーコが眠気眼を擦りながらボヤく。
「ふぁー……だから、その子死んだわ。今朝のニュース見てないの? ニック・スマイリーっていう名前なんだけど」
ボサボサになった薄紫色の姫カットを手櫛で軽くほぐしながらリョーコは欠伸混じりに言う。
『……』
「別の世界で勇者やってて、腕には自信があるって聞いてたんだけどね。ま、死んだってことはそれ程でもなかったってことでしょ。管理局もノーマークだったし」
『じゃあ、今来てる子は?』
「知らない。少なくとも私が紹介した子じゃないわ。アンタに用があるって人も今日はまだ来てないしー、アンタの部屋に今日繋がる道筋を教えたのもスマイリー君だけよ」
『……なるほどね。ありがとう、リョーコちゃん』
「リョーコちゃんて呼ぶな。せめてリョーコさんて呼びな」
通話を終えたドロシーは携帯を閉じ、肩身狭そうに身を縮こまらせるスコットを見てニコッと笑う。
「えーと、スコッツ君だっけ?」
「スコットです」
「君、どうやってここに来たの?」
「だから、エレベーターで……」
「13階に来る前に別の階のボタンを押したりしなかった?」
彼女にそう言われてスコットはハッとした。
「……その、焦っていたので間違えて最初に15階のボタンを押して、次に14階のボタンを」
「それで最後に13階のボタン三回押したの?」
「……ええと、何回押したかは覚えてないです」
「凄いね、君。今日は15階以上あるビルのエレベーターに乗って、その順番でボタンを押さないとこの部屋に繋がらないんだよ?」
「はぁ!?」
スコットの頭は『嘘だろ!?』という言葉で埋め尽くされた。
「そういうことあるんですか!?」
「だからね、僕たちに用がある人はまずリョーコちゃんから道筋を聞いてから来るんだよね。ノーヒントかつ自力で道を繋いだ子は君が初めてよ」
ドロシーの表情と声は段々と喜びの色を帯びていく。
「いやその……ただの偶然ですよ。それじゃ、俺もう帰りますね! 紅茶ご馳走様でした!!」
「いやいやいやー、僕はそうは思わないよ。だって君の顔を見た時にピンと来たからね。きっと君は無意識に此処を目指していたんだよ」
「いえ、誤解です。それじゃ」
「待ちなさい、待ちなさい。それに帰ってどうするの? 次の仕事の宛てはある??」
「そ、それは……」
「給料の事なら心配しないで。勤務時間も基本的に自由で食事もこっちで用意するよ。今なら寝泊まりする部屋も用意してあげる」
「で、でも」
「まだぐっすり眠ってたり、非番で来てなかったり、迷子になってたりで今は全員揃ってないけどファミリーは優しい人ばかりだし、新人の君をしっかりフォローしてくれるよ。疲れた時はルナが君を癒やしてくれるし、奥にあるバスルームは自由に使っていいからね!」
どうやらドロシーはスコットが大変気に入ってしまったらしい。
あの手この手で彼を丸め込もうとするドロシーの姿に使用人達は互いの顔を見合わせ、ルナはこうなる事を予期していたかのようにふふふと満足げに笑う。
「つまり君が此処に辿り着いたのは運命だったんだよ! うん、採用! 文句なし!!」
一人勝手に感極まったドロシーは立ち上がり、テーブルに乗り上げながらスコットに顔を近づける。そして呆気に取られる彼に笑顔で手を伸ばし、満面の笑みでこう言った。
「ようこそ、【ウォルターズ・ストレンジハウス】へ。僕が社長のドロシー・バーキンス。君を心から歓迎するよ、スコッチ君」
「……はい?」
その日、スコット・オーランドは面接に落ちると同時に新しい就職先を見つけた。
会社の名前はウォルターズ・ストレンジハウス。
リンボ・シティで最も悪名高い魔女が経営する、異人種及び異能力者専門のお悩み相談所兼異界騒動専門の超法規便利屋企業である。
chapter.1 「笑うあなたに幸運を」 end....
老執事とメイドの仲が悪く見えてしまうのは錯覚です。