18
「殴ったんですか!?」
「……ああ、かなり思いっきりな」
「そ、それで!? 追いかけられてたのは……」
「恐らく……その一撃で私を敵だと認識したからだと思う」
まさかの告白にスコットは驚愕する。
「すまない……あれは不慮の事故だったんだ! 決してわざと殴ったわけじゃない! だから許し」
「そんなっ、私は勇者様を敵だなんて思ってません! 殴られたことも全然気にしていないんだから!!」
「えっ、あっ? 違うの!?」
「違うのかよ!?」
ニックは鎧に感動の再会を台無しにした非礼を詫びるが、彼女は即座に否定した。
「それならどうして襲いかかってきたんだ! 大剣で思い切り斬りつけてきたじゃないか! ジャッジメント・ブレイドで首を切り飛ばされたんだぞ!?」
「切り飛ばされたんですか!?」
「至近距離で受けてスポーンと飛んでいったよ! 痛みは感じなかったけどね! 君が受け止めてくれなかったらと思うとゾッとするよ!!」
スコットはそういえばとニックとの出会いを回想する。
確かにあの時、ニックは空から落ちてきたがまさかそんな理由だったとは思いもしなかった。
「私を敵だと思っていないなら、どうしてあんな真似を!? それに人前でジャッジメント・ブレイドを使うなんて正気じゃないぞ!!」
「だ、だって……だって……!」
ニックに責められて洗脳ブリジットは目に涙を浮かべながらイジイジする。
ブリジットの魂である細身の剣で床をガリガリと削り、溜息が出るほどに美しい顔を染めながら言った。
「あんな醜い身体は勇者様に似合いません! 早く首を切り落として助けてあげなきゃと思って……!!」
何をどう解釈してもおっかない彼女の言葉にニックとスコットは青ざめる。
(……ああ、この鎧ヤバいな。死体を動かしたり、人を操れるだけでも相当なのに……そもそも中身がヤバいよ。本当に呪いの鎧じゃないか)
スコットはニックがこんな世にも恐ろしいブッ飛んだ性格の鎧を身に着けて戦っていたのかと思うと不憫でならなかった。
「いやいや、やりすぎだぞ!? 第一、首を落としてどうするつもりだったんだ!」
「勿論、貴方のお身体に繋げてあげるつもりでした!!」
「いや、首を落とされたら普通は死ぬぞ!? どうしてそんな恐ろしいことを考えるんだ!!」
「でも勇者様は首だけにされても生きていたじゃありませんか! そんなお顔になっても私にはハッキリとわかりました、この方が勇者様だと!!」
洗脳ブリジットは目を輝かせながら言う。
勇者の鎧は独立した意思を持ち、己を纏うに値する勇者を見極め、そして呼び寄せる能力を持つ。
姿形が大幅に変わったニックを見つけ出す事が出来たのもこの能力によるものだ。
「きっと女神様のご加護のお陰です! 勇者様は首を切られても死なないんです! それに、もし死んだとしても蘇生魔法で生き返りますから!!」
……だが意思はあっても命の概念がない鎧故か。元の世界では勇者は死んでもすぐに蘇生されていたからか、彼女には命の重みが全く理解できていなかった。
「……」
ツッコミどころしかないが今まで蘇生魔法で何度も復活してきた上に、実際に首だけになりながらも生存しているニックは何も言えなくなる。
「さ、最後に聞きたいんだが……私を助けてくれた彼らを襲う理由は……?」
「決まっています! 私の大事な勇者様を返してくれないからと……勇者様を私から奪った奴らに復讐です!!」
ブリジットは立ち上がり、くわっと凄まじい目力を込めた迫真の表情で叫んだ。
「特にそこの男と小娘! あなた達は絶対に許しません! 八つ裂きにします!!」
「……すまない、私のせいだ。私が君に助けを求めたせいで……」
「いや、あんなのに追われたら誰だって助け求めますよね。むしろ俺はただひたすらにニックさんが可哀想ですよ……」
「うーん、どうしようかな。あの鎧ちゃん」
「ええ、もう例の脱がす魔法を使っちゃってください。ブリジットさんから引っ剥がして人目がつかないように川に沈めてやりましょう……」
「ちょっと気持ちがわかるかも」
ここでまさかのシンパシーを感じだしたドロシーにスコットは瞠目した。
「はっ?」
「え、だって……あそこまで純粋で女の子らしい理由だと思わなかったから。てっきり戦いすぎて殺しの快楽に目覚めたとかそんな感じだと思ってたのに……」
「え、あのっ、社長?」
「大好きな人に向けた真実の愛をひたすら勘違いされるなんて……可哀想じゃない」
スコットは全身が総毛立つ。
ドロシーは本気であの鎧の言葉に同情し、その目に涙すら浮かべている。
先程までドロシーに全力の殺意を向けていた洗脳ブリジットも思わずたじろぐ程に。
「な、何ですか……! どうしてそんな顔で私を見るの!?」
「ううん、ごめんね。僕、君の事誤解しちゃってたよ……そこまでニック君を愛してたなんて」
「何よ! 私の目の前で勇者様の身体を燃やしておいて今更……!!」
「ううっ、ごめんね、ごめんね……」
「な、泣かないでよ! 私は貴女が殺したいほど憎いのよ!? そんな顔をされたら……!!」
ついには涙を流すドロシーにスコットとニックは唖然とする。
「……あの、社長。やっぱり俺、貴女とは」
「スコッツ君、僕にニック君を渡して」
「えっ、嫌です」
「渡して? 社長命令よ?」
「ニックさんをどうするんですか!?」
「あの子に返してあげなきゃ」
ドロシーは薄っすらと目尻に残る涙の雫を輝かせ、後光が差すほどに尊い笑顔で言い放った。
「え、ウソでしょ!? ちょっと冗談はやめ」
「あっ」
「ごめんね、この子返すよ……」
スコットからニックをひょいと奪い取って洗脳ブリジットの元に歩み寄る。
「うおおおおっ! やめろぉー!!」
「ニックさぁーん!!」
「ゆ、勇者様! ああっ、勇者様ァ!!」
「はい、返すわ。彼とお幸せにね……」
「あ、貴女……!」
「今度は手放しちゃ駄目よ?」
「本当に渡しちゃうんですかーっ!? 嘘でしょぉーっ!!?」
まさかの展開にスコットは腰を抜かす。
前々から常人には理解できない思考回路をしていると思っていたが、ここまでだったとは誰が想像できようか。
「あ、ありがとう。貴女、良い子だったのね……ごめんなさい。本気で殺そうと思ってたわ」
「うん、いいのよ。気にしないで」
ドロシーは洗脳ブリジットにニックを手渡す。そして誇らしげな笑顔で二人の感動の再会を見届け……
「ありがとう……! 私、貴女の事を決して忘れません……!!」
「うん、僕も忘れないよ。それじゃあ……そろそろブリちゃんを返してもらうわね」
パァンッ。
油断した勇者の鎧に武装解除の魔法を撃ち込み、ひょいっとニックを奪い返した。
「あっ……」
感情が追いつかず、気の抜けるような声を出して鎧はブリジットから脱がされる。ガラガラと音を立てて鎧は地面に散らばり、ブリジットは糸が切れた人形のようにその場にバタリと倒れた。
「スコッツ君、ちょっとロープ持ってきて。頑丈なものー」
「……へあっ?」
「スコッツくーん? ロープをお願いー」
ドロシーはゆっくりと振り返り、呆然と立ち尽くすスコットにウインクしながらもう一度お願いした。
すれ違う思いが原因で生まれた喜劇。でもやっぱりニック君は泣いていいと思います。