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忘れられてそうですが、彼は自分の体から本気で逃げてたんですよね。
「な、何を言ってるんですか……!?」
明らかに普段と様子が異なるブリジットにスコットは思わず後退る。
「……今、喋っているのはあの身体の持ち主じゃない。彼女が身に纏う勇者の鎧だ」
「へ!?」
「流石は勇者様! お色直ししたのにすぐに気付いてくれるなんて嬉しいです! やっぱり私たちは運命の赤い糸で結ばれているんですね!!」
「え、何ですって!?」
「だから、彼女はあの鎧に操られているんだ」
ニックは此方に熱い視線を向けてくるブリジット……が身につける白銀の鎧を睨みつけて言う。
「え、待って! 理解が追いつかないんですけど!? あの鎧、自分の意思があったの!!?」
「ああ、そうだ。私も直接会話をするのはこれが初めてだが……」
「やだもう、そんな目で見つめないでください勇者様ッ! 私、照れちゃいますぅっ!!」
ブリジットらしからぬ……と言いたいところだがここでようやく彼女らしいくねくねとした動きを見せた。
「いやいやいや、前と形が全然違うじゃないですか! もっと勇壮で厳ついデザインだったよ!?」
「あの鎧は姿を自在に変えることが出来るんだ。君と戦った時の姿は先の戦いでより戦闘に適した形状に変化した物だよ……」
「そういう事は先に言ってくれま……うぉわっ!?」
鎧に操られたブリジットは再びスコットに斬りかかる。
先程よりも遥かにスピードと鋭さを増した剣撃に悪魔の腕の迎撃は間に合わず、辛うじて防御するのが精一杯であった……
「会話を邪魔しないでくれませんか? 私、勇者様とお話してるんですよ」
「……!」
「これ以上邪魔をすると……私、本気で怒りますよ?」
ブリジットはスコットを若干血走った目で睨みつけ、隠しきれない殺意と敵意を剥き出しにした。
「ま、待て! えーと……鎧ちゃん! 落ち着いてくれ!!」
「鎧ちゃん……!?」
ニックに鎧ちゃんと呼ばれて洗脳ブリジットは頬を一瞬だけ赤らめる。
「そんな呼び方は嫌ですぅ! ちゃんとした名前で呼んでください、勇者様ァァァー!!」
だが直後に怒りだし、悪魔の腕を若干押し返す程の剛力でニックに迫った。
「じゃあ、アバズレでいいわね」
「はっ!?」
ドロシーはそう言って二発目の魔法を放つ。先程よりも強力な魔法弾を受け、再びブリジットは吹き飛ばされる。
「きゃあああっ!」
「しゃ、社長!?」
「うーん、本当に魔法ダメージに耐性あるのねー。ブリちゃんごと貫くつもりで放ったのに」
「アンタ、真顔でなんて魔法使ってんだよ! ブリジットさんは仲間でしょう!?」
吹き飛びはするもののダメージは与えられておらず、ブリジットは空中回転しながら優雅に着地。
「本当に、忌々しい小娘め……!」
挑発げにふふんと笑うドロシーを憎々しげに睨め上げる。
「僕からしたら君の方が忌々しいんだけど? 僕の大事なファミリーの身体で気持ち悪い声を出さないでくれない?」
「その大事なファミリーに魔法放ってますけどね……」
「うん、ごめんね。ちょっと気持ち悪かったから」
「俺じゃなくて彼女に謝ってください……!」
「ああ、ああ! 腹立たしい! この世界の奴らはどうしてこうも野蛮人ばかりなのかしら……!!」
洗脳ブリジットは心底不機嫌そうに剣を向ける。
「勇者様の首を跳ね飛ばしただけに留まらず、そんな姿に改造して……挙げ句にその身体を焼き払うなんて! 信じられないわ! その方は勇者なのよ!? どうしてそんな酷いことが出来るの!!?」
彼女は同情する余地しかない至極真っ当な意見を此方に投げかける。
「……そ、それはその……」
「……それは私が」
「ニック君がこの姿になったのはお気の毒だけど、身体を燃やされたのは君が悪いと思うわよ」
そこでドロシーが言いたくても言ってはいけない言葉でズバッと切り返した。
「大剣構えた首のない化け物に襲われたら誰でも反撃するわよね」
「お前達が勇者様の首を切り落として連れ去ったのが悪いんじゃない! 復讐して当然でしょう!?」
「ふふふっ、そうね。確かにその意見はごもっともだけど……聞けば聞くほど惨めに思えてくるわね」
ドロシーは洗脳ブリジットに杖を向けて言う。
「復讐に身を落とした勇者様の鎧ほど見苦しいものはないわ」
恨み節を笑い飛ばされた上に彼女の強烈すぎる皮肉が炸裂し、ブリジットは大きく目を見開く。
「……!」
「それに当の本人が気にしていないんだからもういいじゃない。大人しく彼女を解放して誇り高い勇者の鎧に戻りなさい? 彼と同じ部屋に飾ってあげるから」
「ふ、ふざけるな! ふざけるなぁっ!!」
「……」
「……」
的確に心にダメージを与えていくドロシーの悪魔的な話術にスコットとニックはたじろぐ。
「……彼女は悪魔かな?」
「ええ、まぁ。正直、悪魔も泣いて逃げ出すと思いますよ」
「……段々、あの鎧が可哀想に思えてきたよ。襲いかかってきたのは向こうの方なんだが……」
「ところでニックさんは何でアレから逃げてたんですか?」
スコットにその事を聞かれてニックは黙り込む。
「ニックさん?」
「……」
「ああ、もう限界よ! 勇者様、今すぐその二人を斬り殺して助けてあげますからね!!」
「わー、怖いよー。勇者様の鎧ともあろうものが他人の身体を操っておっかない事を言ってるよー。これもう怪物と変わらないよ、呪いの鎧だよー」
「キィイイイイイー!!」
ギリギリギリィイイイ……
勇者の鎧は歯ぎしりのような異音を鳴らす。
それに操られるブリジットも肩を上げて大いに怒り狂い、ドロシーはそんな彼女を見てくすくすと笑う。
「……実はこの身体になった時、首から下の部分もちゃんとあったんだ」
「え、そうなんですか?」
「うん。あの怪しい男の家で暫くは冷たい鉄のような身体で生活していたのだが……気がつけば街中で放り出されていてな」
「うわぁ……」
「それで途方に暮れていた時、誰かに肩を叩かれたんだ……」
ニックの話に気を取られて隙だらけだったスコットに洗脳ブリジットが襲いかかる。
「ホワァァァッ!?」
「今、そいつから助けてあげますぅー! 勇者様ァァーっ!!」
だがブリジットの剣はドロシーが杖先から発生させた小さな盾に防がれた。
「ちょっとー、スコッツ君は勇者様と会話してるじゃないの。邪魔するなんて酷くない? さっき自分が言ったこと覚えてるー?」
「黙りなさい、小娘ッ!!」
ゴィンッ!
「ひゃんっ!!」
そこに悪魔の拳が叩き込まれる。心無しか手加減された優しめの右フックを受けてブリジットは軽く真横に吹っ飛ぶ。
「ああっ、ご、ごめんなさい! ブリジットさん!!」
「今はブリちゃんじゃないからセーフよ」
「そういうこと言わないでください!」
「……その、優しく肩を叩いてくれた相手が、首を失くした私の身体だった」
「え、あっ……そうだったんですか。へー……」
ニックは大きな溜息を吐き、ぐぬぬと半泣きになりながら此方を睨むブリジットを切なげな瞳で見つめる。
「驚いてしまった私は、思わず自分の体を本気で殴り飛ばしてしまったんだ……」
彼が申し訳無さそうにボソッと呟いた言葉にスコットは閉口した。