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「と、ところで何処に向かっているんだ?」
すっかりドロシーの膝上が定位置となったニックが行き先を問う。
「僕の家だよ、もうすぐ接続点に着くから」
「り、リンク?」
「実際に見たほうが早いよ。ほら、あの看板が見えるでしょ? あの下を通ると僕の家に行けるの」
「……何だか外が騒がしいですね」
ウォルターズ・ストレンジハウスに繋がる接続点に到着しようとした時、スコットが妙に外が騒がしくなっている事に気がつく。
「13番街区はそういうところだからね。慣れなきゃダメよー」
「確かにそうですけど……」
『ウワァァァァァーッ!』
『ギャアアアアーッ!』
『ボォォォーブ!!』
ドゴシャグシャドギュルルルルルンッ!!
「何か段々とおっかない音が近づいてきてますよ!?」
まるで何者かが彼らを乗せたハマーを追いかけているかのように騒音と悲鳴が接近してくる。
流石に気になったスコットが窓を開けようとすると……
ドゴォンッ!
ハマーのボンネットに鈍い輝きを放つ鎧を纏った何者かが着地する。
「ふおおおっ!?」
「な、何だ!?」
「あれ、何事?」
〈ヴシャアアアアーッ!!〉
ハマーは自慢のボンネットを凹ませた不埒者を振り払おうと車体を激しく揺らす。
だが何者かは振り落とされる前に剣をハマーのボンネットに深々と突き刺した。
「なっ!?」
「ハマー君っ!」
〈ヴァギャアアアアアアアッ!!〉
車体に剣を突き立てられた上に大きく抉られ、思わずハマーは悲鳴を上げてジグザグに走行。
接続点から大きく逸れながら派手に横転した。
「うおおおおおっ!」
「な、何だ、前が見えない! 何が起きてるっ!?」
「ハマー君、大丈夫ッ!?」
『……ブ、ブブッ……!』
「くそっ! 今日はなんて日だぁ!!」
スコットは悪魔の腕を呼び出して自分とドロシーの身体を抱き込む。
ゴロゴロと転がるハマーの内部で少々揉みくちゃにされた後、不意に開いたドアから勢いよく外に放り出された。
「うおおおおおっ!!」
「前が見えない! 前がーっ!!」
「はわわーっ!」
悪魔の腕はスコット達をギュッと抱き込みながら近くの服飾店のガラスをド派手にぶち破って入店し、オーナーと店員を唖然とさせた。
「きゃあああっ!」
「な、何! 何なの!?」
「い、いててて……」
「んぎゅぅ……」
「だ、大丈夫ですか? 社長ゥゥゥゥ────ッ!?」
スコットの上で馬乗りになったドロシーのワンピースは捲れ上がり、ちょっぴり大胆な白いレース下着を堂々と彼に見せつける。
先程から手のひらに感じていた柔らかい感触が彼女のお尻だと気付き、スコットは情けない悲鳴を上げた。
「ん、ありがとう……スコッツ君」
「あばばっ、すみません! ごめんなさい!!」
「? 何が?」
「い、いえ、その……っ!!」
悪魔の腕はそっとドロシーの捲れたワンピースを戻し、彼女の背後でサムズ・アップしてスコットを鼓舞する。
「……怪我は無いですか? 社長」
「うん、大丈夫みたい」
「それは、良かったです……とりあえず退いてもらっていいですかね?」
「あ、ごめん。重かった?」
「重くは……無いですけど、ハイ」
ありがた迷惑な悪魔の気遣いに顔をしかめながらドロシーを退かせる。
「おーい! ちょっと、誰か私を起こしてくれないか!?」
「あ、ニックさん!」
近くで転がっていたニックを拾い上げたスコットの前にスマートな白銀の鎧を身に着けたブリジットが現れる。
「……ブ、ブリジットさん?」
「あれ、ブリちゃん? どうしたの? それが今のバイト先の衣装??」
「……!」
ブリジットは虚ろげな表情でスコット達を見つめる。
彼女からただならぬ気配を感じたのか、悪魔の腕は拳をパキパキと鳴らす。
「お、おい! 落ち着け、あの人はブリジットさんだよ!!」
「何故、彼女があの鎧を……!?」
「えっ?」
「……只今、貴方を助けに参上致しました! 勇者様ぁ!!」
普段のブリジットからは想像できないような、物凄くハイテンションな声で彼女は言った。
「一時はどうなることかと思いましたが、ようやくこれでまた一緒になれますね! 勇者様ッ!!」
「はっ?」
「え、何その声? ちょっとブリちゃん熱でもあるの?」
「いや、まさかそんな……だが……、やはり」
「あれ、ニックさん? どうかしたんですか……?」
「あ、少々お待ち下さいね。勇者様ッ」
突然、ブリジットは細身の剣でスコットに斬りかかる。
「なっ!?」
「今、その悪魔から助けてあげますから」
刃は間一髪で悪魔の腕に阻まれ、その青白い表面に小さな切り傷をつけるだけに留まった。
「ちょっ、何をするんですか!?」
「気をつけろ! 彼女は正気じゃない! あの鎧に操られている!!」
「はあ!?」
「もー、防がないでくださいよ。ここは感動のシーンなんですから、素直に切り倒されてくれないとー」
「退いて、スコッツ君」
スコットが退くよりも早くドロシーは魔法を放ち、ブリジットの身体を吹き飛ばした。
「ちょっ、社長ーッ! いきなり何してるんですかぁ!?」
「……」
「聞いてますか!? あの人はブリジットさんですよ!!?」
魔法で吹き飛んだブリジットは空中で身を翻して優雅に着地する。
「ああ、そういえば貴女にも邪魔されましたね。あれは流石の私もすごーくビックリしました」
そして不機嫌そうにドロシーを睨みつけて言う。
「よくも大事な勇者様の身体を燃やしてくれたわね……この小娘が」
殺気全開で此方に剣を向けるブリジットにスコットは困惑し、そして彼女に躊躇なく魔法を放ったドロシーにドン引きした。
そりゃ勇者の纏う鎧がただの鎧な筈ありませんよね。紅茶薫る素敵な物を用意しておりますとも。