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素敵な女騎士が誘拐されるのはもはや様式美。当然、心得ております。
「頭だけになったニック君に何が出来るっていうの?」
「それは君が心配することじゃないだろう。存外、この体でも色々な事が出来るものだよ」
「もしも僕が元の世界に戻る方法なんて無いって言ったら?」
「君が知らない別の方法を見つけ出すだけさ」
珍しくドロシーが言い負かされる。
ニックという男は頭だけになっても誇り高き精神と勇者としての矜持を忘れない 強い男 だった。
女神テンプレアが彼に【勇者の鎧】を授けたのも、その決して揺るぎない鋼の如き精神力と信念に惹かれたからだろう。
「……ふふっ」
勇者という肩書きは伊達では無かったという事だ。
「しゃ、社長?」
「凄いね、スコッツ君。これが勇者なんだね、産まれて初めて見たよ」
「へっ?」
「人間様なら3回は心が折れてるような事を言われてるのにねー、こうも生意気に言い返せるなんてさ」
ドロシーはニックの答えを満足げに受け止め、ひょいと持ち上げてその大きな瞳をジッと見つめる。
「でも、誰かの手助けは必要でしょう? 君が新しい体と元の世界に帰る方法を見つけるまで」
「……そうだな」
「ふふふ、僕のファミリーになるならサポートしてあげるよ? 勇者さん」
彼女の言葉が自分を地獄へ誘う魔女の囁きだと感づいていたが……
「ああ、最初から君のお世話になるつもりだよ。色々と遠回りしてしまったが、よろしく頼む」
「ええ、よろしくね。ニック・スマイリー」
勇者ニックは笑顔が素敵な魔女と契約を結んだ、今の彼にはそれ以外の道は残されていなかったからだ。
「うふふふっ……」
「社長……?」
「見て、スコッツ君! 僕たちの新しいファミリーよ!!」
「むおっ!?」
ドロシーは嬉しそうにニックを抱き締め、子供のように燥いだ。
「嬉しいなぁー、男の子だよー! 僕もずっと男の子が欲しかったのよねー!!」
「その言い方やめてくださいよ! 何か変な意味に聞こえるから!!」
「ーっ! ーっ!!」
「それとニックさんが苦しんでるから離してやってください!」
先程までの態度から一変、新しい玩具ないし家族が増えて大喜びのドロシーはニックを抱きながら言う。
「えー、やだー。この子温かいから抱いてると気持ちいいの。意外と触り心地が良いし」
その生意気なバストを彼にむにゅっと押し当て、慌てふためくニックとスコットを無自覚に挑発する。
「スコッツ君も抱いてみる? 寒い季節には重宝しそうよ」
「しゃ、社長! はしたないですって! そのむにゅむにゅさせるのやめてください! 目に毒です!!」
「? 何のこと?」
「ーッ! ーッ!!」
「わざとですか!? わざとですね!?」
実は本当にスコットが赤面している意味がわかっていないドロシーはキョトンと首を傾げていた。
「────ッ!!」
「とりあえず彼を解放してください! 何か言ってるから!!」
「あ、ごめんなさい」
「ぶふぉぁっ! き、君は私を殺す気か!? いけないぞ! 君のような可憐な少女がこんなっ!!」
「聞いたー? 可憐な少女だって! 嬉しいなー」
「……ニックさん。その人多分ニックさんよりも年上ですよ」
「はっ!?」
「ちょっとスコッツ君ー? レディの年齢をバラすなんて酷くない? 泣いちゃうよ?」
「……すみません」
『……ふっ……』
「……今、笑いましたね? ハマーさん」
ハマーが小さく笑う。なんとなく自分が笑われたような気がしたスコットはハマーに言うが、彼はそれ以上何も言わずに一人でにハンドルを切って車体を走らせた。
「……うっ、ん?」
管理局の車の中でブリジットが目を覚ます。気絶していたのはほんの数分で、まだ少し身体の痺れが抜けきっていないが動けない程ではなかった。
「……此処は何処だ?」
自分が連行されている事など知る由もないブリジットは周囲を見回す。
「……誰かの運転する車の中か。また私は何者かに攫われてしまったようだな」
誘拐されるのは既に慣れっこである彼女は冷静に状況を分析し、気絶しても決して手放さなかった剣を構える。
「む?」
いざ剣を鞘から抜き放とうとした彼女の目に意味深な金属製の箱が映る。
「……優先調査対象。Bクラス異界器物……回収日時、10月20日14時頃。回収場所、13番街区」
箱に張られた黄色のラベルからブリジットは箱の中身を察する。
「攫われた甲斐があったな」
ふふふと小さく笑ってブリジットは剣を抜く。
「……密やかに出でよ」
「────夢幻剣・鋼針」
剣先から一瞬だけ青く光る針状の剣が放たれ、箱の鍵をパキンと貫く。
「よしっ」
鍵を取り除いて箱を開ける。箱の中には彼女が欲してやまないオリハルコン製の鎧が収められており、ブリジットはグッと拳を握りしめる。
「これがあれば私の剣はもっと強くなる……」
箱から鎧を取り出したブリジットはその美しいオリハルコンの輝きを見つめる。
元の世界では滅多に目にする機会がなく、彼女にはとても手が出せなかった伝説の金属がようやく手に入った事に彼女は思わず涙を浮かべた。
「よし、早速……」
だが鎧を見つめている内にブリジットの意識が朦朧とする……
「……む、むっ?」
鎧の表面が妖しく輝きながらブリジットの顔を映し出す。
鎧に映った自分の顔を見ている内に彼女の意識は更に遠のいていき、気がつけば力無く座り込んでいた。
「な、なんだ……頭が……」
ガランッ。
不意に聞こえた物音。鎧の胸当ての固定具が一人でに分解され、まるで彼女に 鎧を着ろ と誘っているかのようだった。
「……」
消えゆく意識の中でブリジットはフラフラと勇者の鎧をその身に纏う。
ニックの身体に合わせて作られている筈の鎧はその形を大きく変化させ、ブリジットの身体に吸い付くようにピッタリと装着される。
「……あ、うー……むー」
ブリジットは譫言のような声を上げながら胸当てに続いて篭手、肩当て、腰当て……次々と鎧のパーツを身につける。最後に鉄靴をカチリと嵌めてすくっと立ち上がった後、
「……今、貴方の元へ……参ります」
「……勇者様」
彼女はそう言って煌めく剣先を天井へと向けた。
洗脳までワンセットですよね。抜かりありません。




