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「ま、待ってくれ!」
「ん? 何だ? 誰だ、君は」
「ちょっとー、昼間からそんな格好で人前に出るんじゃないよ。良い子とお兄さんに毒だろ。さっさとおとなの森へお帰り」
「その鎧を、私に譲ってくれ!!」
ブリジットが興奮しながら発した言葉に職員達は耳を疑った。
「はっ?」
「頼む! 欠片だけでもいい! その鎧を私にくれ!!」
「え、何言ってるの? 駄目だよ? これは異界の」
「お願いだ! 何でもするから!」
「いやいや、駄目だって! ちょっと、こっち来んな! 来んなって!!」
迫真すぎる興奮顔で抱き着いてくる水着エプロンの爆乳痴女に赤毛の職員は困惑する。
「その鎧が必要なんだ! お願いだぁ、私に譲ってぇぇー!!」
オリハルコン。それはブリジットの剣の刀身に使われているミスリルよりも上位の金属であり、それを素材として精製された剣は決して折れることがなく、杖に使用すれば破格の魔力伝導及び変換効率で魔法の大幅な威力向上が見込める奇跡の代物だ。
剣と魔法の両方を武器とする彼女にとっては全てを引き換えにしてでも手に入れたい物だった……
「ちょっ、待って! 先輩、助けて! この痴女ヤバいです!!」
「ああもう、これだから13番街区は! こら、離れなさい! 確保するぞ!?」
「一欠片だけ、一欠片だけでもぉ!」
「ぎゃああーっ! 乳がーっ!!」
必死の形相でしがみついてその豊満なバストをこれでもかと押し当てる。
初心な赤毛の職員は顔を真赤にして耳長の水着痴女の猛威に為すすべもなく押し負けていた。
「先輩、助けてくださいーっ! コイツ滅茶苦茶に力強いってぇー!!」
「あー、くそぉ! 仕方ないーっ!!」
見かねた職員の一人がスタンガンを取り出す。
「し、仕方ない! お金が駄目なら、私の身体で……っ」
「いい加減にしろ!」
「はぅんっ!?」
暴走するブリジットの背中にスタンガンを打ち込んで気絶させる。
バタリと地面に倒れ込む彼女を担ぎ上げ、出来るだけその身体を直視しないように白い大型車両の中に運んだ。
「はー……はー……」
「……とりあえずコイツも確保しておこう。明らかにヤバい奴だしな」
「あ、ありがとうございます」
職員は車両に鎧を積み込み、用意しておいた特殊合金製の保管箱に収める。
「……んー?」
「どうした?」
「いえ、何かこの痴女に見覚えがあるような……」
「気の所為だろ。それにしてもこんな昼間に水着姿で剣持って徘徊するとか……正気じゃないな」
「やっぱり13番街区は怖い所なんですね……」
「うん、ジェイムスさんの言う通り気をつけよう」
気絶したブリジットを起こさないようにそっとバックドアを閉め、報告にあった異常な物品を回収した管理局職員は車を走らせた。
「ふむふむ、色々あったのねえ」
ドロシーはハマーの車内でニックの話を聞いていた。
「ああ、今更嘆いても仕方の無いことだが……」
「そうね、過ぎた過去を嘆いても仕方ないわね」
「……」
「だが、それでも思う時はあるんだ。もしもあの時、手を伸ばさなければ……とね」
ドロシーの膝上で切ない身の上話を淡々と続けるニックにスコットは何とも言えない気分にさせられる。
「でも、あのまま残っていたら君はずっと戦いの日々だった訳でしょ? 良かったじゃない、殺伐とした日常から解放されて」
「……良くないさ。私は今まで勇者として戦ってきたんだ。頼れる仲間達と共に……!」
「ふーん?」
「私が居なくなったあの世界はもう……終わりだ。仲間達も恐らくは」
「いいんじゃない? そんな世界なんてさっさと忘れちゃえば」
勇者無き世界の行く末を憂うニックにドロシーは冷たく言い放った。
「しゃ、社長!」
「たった一人の人間に命運を丸投げする世界なんて遅かれ早かれお終いよ。戦いの女神だか何だか知らないけど、無責任な事するよねー」
「……」
「君もスッキリしたんじゃない? 重苦しい勇者の責任から解放されてさ」
「ちょっと! いくらなんでも言い過ぎですよ!」
「……ははっ、そうだな。正直に言うと少し清々したよ」
ニックはドロシーの言葉に力なく返答する。
「え、ちょっ……」
「でしょう? 駄目だよー、世界を救う戦いだけに生きる目的を見出しちゃ。君は魔王さんを倒して世界を救ってからどうする気だったの?」
「……考えたことも無いな」
「ほらー、そういうのを洗脳っていうのよ。君は無意識の内にその他大勢さんに洗脳されてたの、世界を救う為だけに生きるようにね」
「はっはっ、思い当たる節だらけだなぁ……」
「だ、駄目ですよ! 折れたら! ニックさんは立派ですよ! 魔王から人間を救う為に今まで戦ってきたんじゃないですか!!」
「大丈夫、きっと女神様はもう新しい勇者を見つけてるよ」
「社長ーっ!!」
ニコニコ笑顔で心無い事を言うドロシーに思わずスコットは突っかかる。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねーですよ! 社長には人の心が無いんですか!? よくもまぁそこまでニックさんを全否定するような事を言えますね!!?」
「否定なんてしてないよ、むしろ褒めてるつもりー」
「何処がだよ!?」
「ははは、君は優しいなぁ……」
「ニックさん、折れないでぇー! この人の言葉をそのまま受け止めちゃ駄目ですよぉ! この人には人の心がわからないんですからぁ!!」
「だが、私はまだあの世界を諦めてはいないよ」
ここでドロシーの言葉に耳を傾けるだけだったニックが、彼女に向かってハッキリと言い放った。
「きっとあの世界に戻る方法が何処かにある筈だ。私はそれを見つけ出して必ず帰還する」
「あれ、戻っちゃうの? そんな世界の事なんて忘れちゃおうよ、この街は良いところよ?」
「そういう君にも捨てられない、忘れられない思い出はあるだろう?」
ニックの冷静な切り返しにドロシーはむむっとした表情になる。
彼女がズバリと言い返される珍しい光景を前にスコットは思わず息を呑んだ。
くっころエルフさんは今日も忙しい。