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冬場にお腹を壊すと辛いですよね。熱い紅茶が手放せません。
「ちょ、ちょっと警部ぅ────っ!?」
アレックス警部はUターンして首のない重剣士に向かってパトカーを走らせる。
「世界を救うためだ! 安いもんだろう!?」
「だからといってあんな奴の背中にキス出来るわけないでしょう!?」
「ケツにキスするよりマシだと思って頑張れ!!」
猛スピードで剣士を撥ね飛ばす。
正義の象徴たる白く気高きボンネットを凹ませて剣士の身体は軽く回転しながら吹き飛び、近くの壁に叩きつけられて沈黙した。
「さぁ、行け! リューク!!」
「うううううっ!!」
警部はパトカーを停めて叫ぶ。リュークは泣きながら助手席を降り……
「まだ女の子ともキスしたこと無いのにぃー!!」
心をキュッと締め付けるような切ない叫びを上げて駆け出した。
「おおっ! これなら行ける……!!」
「……いいんですかね、人前なのにパトカーで思いっきり人(?)轢いちゃいましたけど」
「世界を救うためだからな、仕方ないだろ」
「頑張れ、青年ー! 世界の命運は君に懸かっているぞー!!」
少し離れた場所からスコット達に見守られながらリュークは首のない剣士に辿り着く。
運良く剣士は俯向けでダウンしており、ニックの言う黄金のクロスが嫌がらせのように眩く輝いていた。
「……ッ!!」
だが、ここでリュークは躊躇してしまった。
「おい、リューク! 早くしろ!!」
「青年ーッ! 今だぁ! その背中のクロスに口づけをーっ!!」
「リュークさん、急いでーっ!!」
アレックス警部達の空気を読まない声援が彼のピュアなハートを傷付ける。
せめて自分が女だったらと産まれて初めて己の性別を呪い、覚悟を決めてリュークは突撃した。
「クソッタレェェェー!!」
ガシッ
「あっ……」
そんなリュークの勇気ある行動を嘲笑うかのように首のない剣士は起き上がり、彼の泣き顔を掴んで口づけを阻止した。
「うおおおっ、リュークーッ!!」
「ま、まずい! 彼を助けなければ!!」
「あーっ! リュークさーん!!」
「おおおおおっ! 待ってろー! 今助けるぞぉーっ!!」
いっそこのまま殺してくれ……とリュークは心の中で呟いた。
リュークの切なる願いが届いたのか、首のない剣士は大剣で彼の身体を貫こうとする。
「させるかっ!」
鳴り響く発砲音。アレックス警部がリュークを助けようと拳銃を連射しながら駆け寄った。
「俺の可愛い部下を放せ、この化け物がぁー!!」
弾切れを起こした拳銃を捨て、アレックス警部は大柄な体躯をフルに活かした渾身のタックルで剣士を突き飛ばす。
警部の不意打ちを受けて剣士は大きくよろめき、リュークの頭をあっさりと解放する。
「おい、大丈夫か! 頭割れてないか!?」
解放されたリュークを担いで脱兎の如く警部は走る。
「……」
「大丈夫か!? しっかりしろ、リューク!!」
「どうして助けたんですか、警部! あのまま死にたかったのに!!」
リュークは助けてくれた警部に向かって号泣しながら叫んだ。
「馬鹿野郎! ご褒美のたまごサンドを食う前に死ぬんじゃない!!」
「うううっ、もうたまごサンドなんてどうでもいいです! 死なせてください!!」
警部は錯乱するリュークを立ち上がらせ、強引にその手を引いて走り出す。
「あっ、放してください! アイツが追ってきてますから! このまま殺してもらいます!!」
「何言ってんだお前!?」
「カモーン! 剣士様、カモーン! 俺を派手に切り裂いてくださーい!!」
しかし首のない重剣士がガシャガシャと音を立てて警部達を追い掛けてくる。
先程のパトカーアタックがそこそこ効いたらしく、警部も敵だと認識されてしまったようだ。
「ふんはぁっ!!」
警部に斬りかかろうとした剣士を駆けつけたタクロウが殴り飛ばす。
「あっ……」
限界突破した羞恥心と自己嫌悪に追い詰められていたリュークは、自分をこの苦しみから解放してくれる愛しき死神様と引き離されて絶望の涙を流した。
「剣士様ァーッ!!」
「うっさい」
「あぶぁっ!」
「あっ、おい! 殴るなよ! 逮捕するぞ!?」
「ごめん、気持ち悪かったからつい!」
タクロウは泣き叫ぶリュークを殴って黙らせた。
「おーい! 君達! 早く走れ、走るんだー!!」
「タクロウさん、警部さーん! アイツが起き上がる前に早くーっ! ダーッシュ!!」
「おっ! そうだった! おい、警部も走れ! 死ぬぞ!!」
「言われなくてもそうするよ!」
「うおおっ、来たぁー!!」
瓦礫から起き上がった首のない剣士に背を向けてタクロウと警部はダッシュで逃げる。
「くそーっ、いい所までいったのになー! アレでキスしてたら終了だったのに!!」
「で、これからどうするんだ!?」
「また別の奴にキスしてもらうしかないなぁ!!」
「リュ、リュークさんは大丈夫ですか!?」
「多分、大丈夫だ!」
「ボサっとするな! 君も早く逃げるんだぁ!!」
ここでニックを抱えたスコットも加え、首なし剣士にロックオンされた四人+αは全力で逃走する。
「それで! 次の手は!?」
「うむ、困ったな! どうしようか!!」
「どうしようかじゃねえよ! 何かいい手を考えろよ!!」
「とりあえずアイツの背中のクロスにキスをすればいいんだな!?」
「ああ、そうだ! だが残念ながら君達はもう敵と判断されているから無理だ! また誰かに頼むしか無い!!」
スコット達は走りながら次の手を考える。
要は背中に刻まれた黄金のクロスに口づけをすれば解決なのだが、何も知らない一般人にそれを頼むのは酷だ。
「し、仕方ねぇ! 何とか俺が奴を食い止めるから……スコット頼む!!」
「ええっ!? 嫌ですよ! むしろ俺が全力で止めますからタクロウさんがしてください!!」
「やだよ!アトリさん以外にチューしたくない! 警部、頼んだ!!」
「出来るかぁ!」
「君達、忘れてはいないか!? 奴に近づいたら必殺のジャッジメント・ブレイドが放たれるんだぞ! こんな人が沢山居る場所で使われたら……!!」
「あーっ! 見つけたーっ!!」
必死に走る彼らの頭上から聞こえてくる嬉しそうな声。まさかと思いながらスコットが上を向くと……
「ハーイ、スコッツ君。あ、警部にたっくんも居るじゃないのー! 皆こんな所で何してるのー??」
煌めく金色のツインテールを靡かせ、白いワンピース姿の美少女が空飛ぶ魔法のバイクで舞い降りてきた。