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両腕に力を込めて大剣を構え、首のない重剣士は大きく踏み出す。
「うおっ!!」
「は、速い!!」
スコットとタクロウはカウンターを狙っていたが予想以上のスピードで踏み込む剣士に対応できず、互いに回避に専念した。
「ギギッ」
大剣は一直線に振り下ろされて地面を断つ。剣士が剣を引き抜く前にタクロウが急襲を仕掛け、素早い正拳突きを繰り出すが……
パシンッ
剣士はタクロウの正拳突きを軽くいなし、伸び切った彼の腕に滑らせるように鋭いカウンターパンチを放った。
「ぐっ!!」
咄嗟に後ろに飛んでダメージを軽減する。
だが、今まで目立ったダメージを受けなかったタクロウの身体からミシリと嫌な音が鳴り、その表情も痛みで歪んだ。
「おああああっ!」
剣士の死角からスコットのアームハンマーが炸裂する。
首のない剣士は意識外からの攻撃、つまり不意打ちへの対応が遅い。
片方が注意を引きつけてもう片方が攻撃を加える戦法がこの上なく有効だった。
「もう一発……ッ!!」
だがそれも相手の注意が此方に向くまでの話だ。
攻撃を命中させるのは容易いが、その攻撃はダメージにはならない。
悪魔の強烈なアームハンマーが命中して地面に押し潰されても、剣士は身体をデタラメな方向に捻じりながら二発目を回避。素速く起き上がってスコットに襲いかかる。
「気をつけろっ!」
「くそっ!!」
剣士の反撃を悪魔の腕でガードするが、大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。
「うぉぁああっ!」
此方の攻撃が命中しても決定打にならず、剣士は即座に復帰して反撃を繰り出してくる。
それも攻撃を与えるたびに反撃は鋭さと威力を増し、もはや剣を使わない唯の打撃攻撃すらスコットには防御困難になっていた。
「だ、大丈夫か!?」
「な、何とか……!」
「君も存外にタフだな! 普通の人間ならとっくに死んでるぞ!?」
「タフさと馬鹿力だけは自慢に出来るんで……」
ギギギギギギッ!
「くっ、また来るぞ!」
「わ、わかってますっ!」
「どぅおぉぁりゃあぁあ!!」
よろめくスコットに狙いを定めた剣士にタクロウ渾身のドロップキックが炸裂する。
横腹に綺麗に命中し、剣士の身体はくの字に曲がって真横に吹っ飛んだ。
「よ、よし! この隙にここから離れよう! これ以上戦っても君達に限界が来るだけだ!!」
「りょ、了解です!」
「くそー、ブチ殺したいなー。全然、いけそうな気がするんだけどなー!」
「早く逃げるぞ! 走れ、走れぇー!!」
スコット達は身を翻してその場から逃げる。
痛む身体に鞭を打ってとにかく走り、首のない剣士から距離を取った。
「うおっ、来た!」
重剣士は剣を肩に担いで走り出す。
ニックの言う通り大きく距離を離すと攻撃を止めて此方を追いかけるだけだ。
驚く通行人達には目もくれずにガシャガシャとおっかない音を立てて追走してくる。
「こうして逃げたのはいいんですけど……アイツは疲れたりするんですか!?」
「疲れたりしないね! だって中身はもう死んでるし!!」
「ですよね、畜生ー!」
「うぐぐっ、肋骨がいてぇ……折れたな多分……」
「お、追いつかれるなよ!? 追いつかれたらまた振り出しに戻ることになるぞ!!?」
スコット達は追ってくる剣士からひたすら逃げるが、体力を消耗している彼らは無尽蔵のスタミナを誇る剣士にじわじわと距離を詰められてしまう。
「と、ところで逃げるのはいいですけどっ! 誰にアイツの鎧を脱がせてもらうんですか!?」
「誰でもいい! 何なら近くの通行人でも……!!」
「あのさ、すっごく今更の質問なんだけどね!? あの見るからにヤバそうな首なし野郎から鎧を脱がそうとする奴がその辺に居ると思う!!?」
息を切らせて走るタクロウのごもっともな意見にニックは黙り込む。
「……」
「に、ニックさん……!?」
「そういえばそうだね」
「アンタふざけんなよ! そこ考えて無かったのかよぉ!?」
顔を青くしながら走るスコット達に一台のパトカーがクラクションを鳴らして近づいてくる。
「おーい、どうしたスコットー!」
「あ、スコット君じゃないか! どうしたんだいー?」
運転席の窓を開けてアレックス警部とリュークがスコットに声をかけた。
「け、警部さんにリュークさん! 良いところにぃ!!」
「お、アレックス警部じゃないか! 久し振りー!!」
「やぁ、はじめまして! 私はニック!!」
迫真すぎる表情でこちらを見るスコット達にアレックス警部達は物凄く嫌な予感を覚えた。
「な、何だよ。ていうか二人共どうしてそんなにボロボロで」
「あ……ちょっと俺、気分が悪いので少し寝ますね……」
「おい待て、リューク。おい!」
「後ろから追いかけてくる奴! あの首のない変な奴から鎧を脱がせてください! お願いします!!」
「え、後ろ?」
アレックス警部はサイドミラーで後方確認する。
ミラーには猛烈な勢いで追いかけてくる首のない剣士の姿が映り、彼らが必死の形相で街中ジョギングをしている理由を何となく察した。
「……」
「お願いします! アイツの鎧を脱がっ……脱がせてください!!」
「いや、どうやってだよ」
「ニックさん、説明を!」
「鎧の背中に刻まれた黄金のクロスに口づけをすれば武装解除される! 頼んだぞ!!」
「出来るかぁ!!」
この非常時にふざけた要求をする喋るヘルメットにアレックス警部は本気でツッコんだ。
「え、そんな方法だったんですか!?」
「まぁ……うん。脱がして貰うときはいつも仲間の白魔道師のティアに頼んでいた」
「そいつは男か!?」
「女の子だよ!」
「だよな! 男にお願いする役目じゃないよなぁ!!」
アレックス警部は息を切らせて走るスコット達とサイドミラーに映る剣士を交互に見ながら考える。
「……」
「け、警部さん……お願いしますよぉ! そろそろ、俺達限界……!!」
「頼むよー! アレックス、頼むよー! お礼に嫁さんの手作りたまごサンドご馳走してやるからー!!」
「お願いだ! 彼らとこの世界を救うためだと思って……!!」
警部は無言でパトカーのブレーキを踏む。
走り去っていくスコット達の背中を睨みながら大きく溜息を吐き……
「あ、あの……警部? まさか」
「リューク、出番だぞ」
「えっ?」
「これから俺がパトカーをぶつけて奴の動きを止める。その隙に」
「警部?」
「タクロウの嫁さんが作るたまごサンドは絶品だぞ? それに……物凄い美人だ」
「警部!?」
アレックス警部は動揺するリュークの同意を得る前に勢いよくアクセルを踏みながらハンドルを切った。