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「な、ななな……なんっ! なっ!?」
「こんな格好でごめんなさいね。私たち、さっきまでお風呂に入っていたから」
「ルナ、彼が新しいファミリー。リョーコの話だと面接に来るのはお昼って聞いたけど、ずっと早く来てくれたわ」
「あら、そう。始めまして、私はルナ。そしてこの子はドロシー……よろしくね」
仕事の面接に遅刻したと思えば、風呂上がりの美少女二人に笑顔で歓迎された……
「……」
過度の緊張と自己嫌悪によるストレスで張り詰めていたスコットの思考回路が停滞するのには、十分過ぎる程に刺激的な光景だった。
「ほら、上がって。紅茶を淹れて貰うから……あー、その前に服を着ないと」
「そうね、新人君が困ってしまうものね」
帯の締め付けが甘かったのか、するりとローブが解けてルナの眩しい裸体が顕になる。
「!!!!!」
「……あら」
「ちょっとルナ君ー、新人君の前ではしたないよ」
「ふふふ、今のドリーに言われると傷つくわね」
「えっ?」
ドロシーが気付かない内にバスタオルは緩み、彼女のワガママなバストが露わになっていた。
「ふやああっ!」
流石に裸を見られるのは恥ずかしいのか、ドロシーは咄嗟に胸を隠し、少しだけ顔を紅潮させながら叫ぶ。
「ちょっと君、あっち向いてて! ジロジロ見ちゃ駄目よ!!」
「アッハイ」
「マリア、着替えを用意して! 大至急ー! それと紅茶!!」
二人の裸を間近で直視したスコットの思考は完全に停止した。鼻血すら出す余裕もなく、年頃の男性らしい初な反応すら出来ずに彼は無言で回れ右をする。
「……」
この場所から逃げ出したくとも、悪意ある即死トラップのお陰でドアに触れることすら出来ない。
「あらあらあら、お嬢様に奥様。二人共素敵なお姿に……あら、どちら様?」
「新しいファミリーよ」
「……」
「この方がそうですのね。初めまして、メイドのマリアと申します。以後お見知りおきを」
「マリア、その前に着替えを頂戴。服を着ないとあの子が困るわ」
スコットの精神は既に限界を突破していたが、不思議なことに彼の悪魔は目を覚まさなかった。
(……見ちゃった。見ちゃったよ。久し振りに女の子の裸見ちゃったよ。ヤバい、ヤバい、ヤバい……)
ここまで追い詰められているのに悪魔が目覚めなかったのは、彼の人生で初の事だった。
「ごめんね、見苦しいところを見せちゃって」
着替えを済ませたドロシーはスコットをリビングまで案内し、マリア特製ブレンドティーを振る舞った。
「……いえ、こちらこそすみません。いきなりお邪魔しちゃって……」
「いいの、気にしないで。とりあえず紅茶を飲んでリラックスしなさい」
年代物のアンティークソファーに腰掛け、ドロシーは紅茶を飲んでほうっと一息つく。
「あれ、飲まないの?」
「いえ、その……」
「なぁに? 言いたいことがあるなら遠慮なく言いなさい。君はもうファミリーなんだから」
「そろそろ帰っていいですかね?」
初対面なのに自分をファミリーと呼ぶ金髪の美少女、長身美人だが何処か雰囲気が妖しい色白のメイド、笑顔で此方を見つめながら手首をポキポキと鳴らす長身の老執事、裸を見られても微動だにしない白髪の美少女……
深く考えずとも『こいつらやばい』と直感させる者達に囲まれるスコットは堪らず本音を漏らした。
「どうして?」
「どうしてじゃないですよ! 部屋を間違えたって言ったじゃないですか! それと俺は今日、会社の面接が」
ヴー、ヴー、ヴー
「電話だよ」
「……」
スコットは携帯にかかってきた着信番号を見て、一気に血の気が引いた。
彼がこの街に移住する切欠となったレクシー運送サービスのものだったからだ。
「……あ、もしもし……はい、スコットです。レ、レクシー運送サービスの面接に……え、ええと実は今日……え? あっ、そうですか……はい、はい。はい、すみません……で、でも俺ッ! あ、はい……ご迷惑おかけしました……」
スコットは顔を汗だくにしながら数秒間通話した後、両手で顔を抑えて蹲った。
「どうしたの? 急に元気を無くして」
「……たった今、俺の人生終了しました」
「何を言ってるの、君は。これから新しい生活が始まるのに」
「新しい生活も何も! やっと見つかった仕事の面接が! アンタのお陰で駄目になりましたよ!!」
「……さっきから君の言ってることが理解できないんだけど」
ドロシーは此処を訪ねてきたと言うのに、間違えましただの、面接だの、人生終了だのと意味のわからない事ばかりを言うスコットに怪訝に思った。
何故ならこの場所には彼女達に用がある者しか辿り着けないようになっているのだから。
「ねぇ、君……部屋を間違えたって言ったけど。君はどうやって此処まで来たの?」
「どうやってって、会社の面接をしにビルのエレベーターで13階まで来て……目の前にあったドアを開けたら」
「ごめん、ちょっと待ってて」
話を全部聞く前にドロシーは携帯を取り出して何処かに連絡を取る。
「……」
「飲まないの? マリアの淹れた紅茶は美味しいわよ?」
「いえ、その……そんな余裕ないっていうか」
「そんなに緊張しないで、これから貴方を食べようとしている訳じゃないんだから」
いつまで経っても紅茶に手を付けようとしないスコットにルナは話しかける。
(やっぱり凄い美人だ……この人は異人かな? 俺よりも年下に見えるんだけど……何か、ドキドキする)
外見上はドロシーと同い年にも見える少女だが、その落ち着いた物腰と透き通るような声色、そして妖精のような可憐さにスコットは息を呑んだ。
「あら、ひょっとして紅茶はお嫌い?」
「あ、すみません。じゃあ……いただきます」
「ふふふ、召し上がれ。お代わりもありますわよ」
ルナに気を取られていると今度はマリアが声をかけてきた。
(この人も凄く綺麗な人だな、うおっ! 胸でか……って何処を見てるんだスコット!!)
ルナとは対照的に大人の魅力に溢れる美女。その豊満な胸と洗練された立ち振舞にスコットは再び息を呑む。
今まで美女に囲まれる経験などほぼ皆無だった彼はそっと紅茶を口に運び、ここに来てよかったと僅かながらに思い始めていた……。
ヒロインのバスタオルは脱げるもの。紅茶を嗜む者として当然心得ております