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「大丈夫? キッド君」
場所は変わりリンボ・シティ4番街区、救急隊員に手当を受けるジェイムスに金髪の少女が声をかける。
「何とか……見た目ほど酷い怪我じゃないよ」
「キッド君が怪我をするなんて相当ね。どんな相手だったの?」
「それより聞きたいんだけどさ、君は誰かな?」
こちらを心配そうに見つめる金髪ツインテールの美少女にジェイムスは質問した。
「えっ、私がわからないの!? 酷い!」
「いや、大体見当は付いてるけどさ。いつもとイメージ違いすぎない??」
いつものメガネを外してカラーコンタクトで瞳の色を変え、お洒落な白いフリルワンピースを着こなす超絶美少女。
ジェイムスは何となくその正体に勘付いていたが、あまりにも印象が異なる上に素直に可愛いので思わず問い詰めてしまった。
「いつもの服装だと皆に刺激が強すぎるから、ちょっとだけ妥協してきたのよ。似合うかしら?」
「滅茶苦茶似合うのがムカつくよ……」
「あはは、ありがとう」
ドロシーの嬉しそうな笑顔の破壊力にジェイムスは思わず顔を赤くする。
この少女の本性が 泣く子がもっと泣き叫ぶ 真性の魔女 だと知りながらも、その妖精のような美貌にときめきを隠しきれなかった。
「それでここからは私が聞きたいんだけど、此処で何があったの?」
金髪の少女、もとい変装したドロシーは周囲をぐるりと見回して聞く。
巨大な剣で断ち切られたかのように割れる地面、上層が失くなったビル、真っ二つになった服飾店、そして周囲に飛び散った血痕。
異常管理局の監視が光る一桁区らしからぬ惨状に流石のドロシーも首を傾げる。
「大剣を構えた頭のない化け物が現れてな……俺達も応戦したんだがこのザマだ」
「犠牲者は?」
「俺達には出てない。だが警官と一般人に数人の犠牲者……そして駆け付けた特殊魔導装甲隊は全滅した」
「あらら……可哀想に。それにしてもジェイムス君がやられるなんて相当ねぇ」
「ああ、本当にヤバい奴だったよ。魔法や銃撃を受ければ受けるほど体が頑丈になっていくんだ」
ジェイムスは首のない剣士との戦いを回想する。
管理局本部からの連絡を受け、スコットと別れて剣士が現れた地点に向かった彼は部下や警官隊と共に攻撃を仕掛けた。
一目見て意思疎通は不可能だと理解できたし、何より奇妙な頭をした男性に剣を構えて襲いかかっていたからだ。
「魔法耐性持ち? それは怖いね」
「いや、最初は普通に効いたから……俺達との戦闘中に耐性が付いたんだろう」
「やだ、なにそれ怖い」
口を抑えて怖がるような素振りを見せるドロシー。
ジェイムスはそんな彼女に一言物申そうかと考えたが、敢えて心にしまっておくことにした。
「一度耐性が付いてからは……お察しの通りさ。攻撃は通じないし、相手の剣はこっちの防御を貫通するしで一方的だったよ」
「ディフェンスに定評のあるキッド君の障壁を貫通したの? それもう殆ど防御意味ないじゃない」
「そうだよ、アッサリ切り裂かれたよ! 自信喪失したわ!!」
「あーあー、泣かないで? 君は凄いよ、天才なのよ。将来はお爺さんに並ぶ大魔法使いになるから自信持ってー」
ドロシーはジェイムスの頭をよしよしと撫でて彼を慰める。
ジェイムスは相当な屈辱感を覚えたが、見た目だけは非の打ち所がない美少女である彼女の手を振り払えずに赤くなる顔を押さえて耐えていた。
「あ、そうそう! 最後に聞きたいんだけどー」
「……何ですかね」
「スコッツ君が何処に行ったのか知らない?」
ここで彼女はようやく本題に入る。
実はジェイムスの無事を確認できた時点で先程までの会話は割とどうでもよかったらしく、その笑顔の本気度も明らかに違った。
「さぁ……喫茶店で別れてからの行き先は俺には何とも。もう家に帰ったんじゃないか?」
「帰ってないよ、さっきまでずっと待ってたもの」
「いや、お前の家じゃなくて。アイツの家だよ」
「? だからスコッツ君の家でだよ??」
ドロシーが首を傾げながら発した言葉にジェイムスは衝撃を受ける。
(……ああ、スコット……)
彼にもう安息の場所は無いと察したジェイムスは思わず涙する。
どうしてこの街に来てしまったのか、どうしてこの魔女の住処を訪ねてしまったのか、そして何でさっさと逃げなかったのかとひたすら彼の愚鈍さに嘆き悲しんだ。
「どうしたの? 何で泣いてるの??」
「うん……ちょっとね」
「あらー、ひょっとしてー」
ドロシーはくすくすと挑発的な笑みを浮かべてジェイムスに近づく。
「スコッツ君にお姉ちゃんを取られたのが悔しいの?」
「ふざけんな、バカヤロー」
「またまたー、しょうがないね。また今度君の部屋に」
「来んな、バカヤロー」
そしてジェイムスに向かってサラッと大胆な事を口走るが彼は真顔で即答した。
「うふふふっ、素直じゃないねー」
「……」
嘘偽りない本気の言葉を笑って一蹴され、ジェイムスは『やっぱりこいつ悪魔だわ』と心の中で毒づく。
「それじゃ、私はもう行くわね。お大事にー」
「待て、ドロ……」
ドロシーを呼び止めようと思わず彼女の名を呼びそうになったが、周囲の反応を見て口を塞いだ。此処で彼女の名前を出せば少々面倒な事になるからだ。
「……ドロレス」
「なぁに? キッド君」
「その、相手は手強いぞ……? 勝てるのか??」
ジェイムスは何だかんだで幼少期から交流のある彼女を心配してその身を案じた言葉を投げかける。
「ふふふふっ」
そんな不器用な彼の言葉を受け取ったドロシーは、金糸のような髪を揺らしながら振り返り……
「お姉ちゃんを信じなさい? 君は小さい頃から私を見てきたじゃないの」
本当に嬉しそうな笑顔でそう答えた。