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「お待たせした、ボルドーの丸焼き テリヤキソース和えです!」
13番街区の喫茶店 ビッグバード。今日もこの店は常連達で賑わっていた。
「ありがとう、アトリちゃん! 今日も素敵だよ!!」
「うふふ、ありがとうございます」
「今日は髪をストレートに伸ばしてるんだね、凄く似合ってる!」
「そうそう、綺麗だよ! 大人っぽいよ!!」
「ありがとうございます、嬉しいです!」
常連の三馬鹿ことジャックとニコルとリッチーが今日もアトリを口説く。
「あー、あいつらまたアトリちゃん口説いてるよ」
「そりゃあ、本気で惚れてるからねアイツらは。まだ諦めきれないんだろうなー」
「ほっほっほ、懲りない奴らだね」
そんな彼らを微笑ましく見守る他の常連客。
「あ、そうだ! アトリちゃん、週末空いてる?」
「あっ、テメェ! ダメだよ!? 直接のお誘いは」
「反則だぞ、ゴラァ! それでもお前」
「はっはっはっ、ジャックゥ! 週末空いてたらどうなんだい!?」
「はっ! て、店長!?」
この光景もまた店の名物となっており、【三馬鹿の人妻口説き~怒られるまでワンセット~】として親しまれている。
「えーと、週末はですねー」
「あ、すみません。冗談です。今のは忘れてください」
「週末空いてたらどうする気だったんだい? ちょっと聞かせてくれるかな、コラ。場合によっては隣のニコルも死ぬぞ」
「え、俺も!?」
「あ、ごめん。リッチーも死ぬわ」
「ナンデ!?」
「うふふ、週末は空いてません!」
アトリはニコッと笑いながらタクロウの腕に抱きつく。
「……で、ですよねー!」
「当たり前だろ、ジャックー!」
「アトリさんは店長の嫁だからねー!」
「ははは、ところで空いてたら」
「ごめんなさい、ごめんなさい! もう許してください!!」
店内を明るい笑い声が包み込む。
ジェイムスを含め多くの住民に忌避されている13番街区だが、それでもこの店のように温かな場所はいくつも存在する。
「店長ー、注文いいー?」
「おお、すまんすまんー」
「あ、じゃあアトリちゃんお願いできるー?」
「はいはーい、今行きまーす!」
ドゴシャアアアアアアン!!
クロスシング夫婦が注文を受けようといそいそと動いた瞬間、タクロウ自慢の特製ガラスを突き破って何者かがダイナミックに入店する。
「……」
「……」
温かく賑やかな空気から一変。店内は冷たい静寂に包まれる……
「う、うぐぐっ! いってぇー!」
その静寂を破ったのは吹き飛んできたスコットの痛そうな声だった。
「だ、大丈夫か!?」
「何とか……身体は丈夫な方なんで」
「しかしこれで距離は稼げたはずだ! とにかく今は逃げろ! 下手に攻撃を加えると奴は更に……」
「ゔぇぇぇぇぇああああああああああああああ!!」
「えっ、何……うわぁぁっ!?」
店を壊されて怒り狂ったタクロウがスコットに掴みかかる。
「お前っ、お前ぇぇぇぇー!!」
「あああっ! た、タクローさん!? ご、ごめんなさい! わざとじゃ、わざとじゃないんですぅうう!!」
「てめぇごらぁ! ふざけんなよ、ぼらぁあああー! ぶっ、ぶっ殺! ぶっ殺すぞ、おああああーっ!?」
「な、何だコイツは!?」
「ブッ殺してやぁぁぁぁぁぁぁぁる!!」
「あっ、待って! 待っ、あばばばっ! あばばばばばっ!!!」
タクロウはスコットの肩を掴んだまま力任せにブンブンと揺らす。
「た、タクロウさん! タクロウさーん! 落ち着いて、落ち着いてぇー! その人はスコットさんですーっ!!」
「死んだな……アイツ」
「この店を壊すのは重罪だからね。仕方ないね」
「万死に値するからね。死んで償うしかないね」
「あれ、アイツ何処かで見たことないか?」
ゴリラに襲われるスコットを心配するアトリとは対照的に常連達の反応は冷たかった。
「ちょっ、待っ……死ぬ! 死んじゃう! 死んじゃいますからっ!!」
「死ねぇぇぇぇー!!」
「い、いい加減にしろ! この怪物め! 仕方ない、コイツも殴り飛ばしてしまえ! 私が許す!!」
「な、殴れっ……殴れるかぁ! この人は」
怒れるゴリラに足止めを食らっている間に重剣士が店内に現れる。
「し、しまった!!」
「……あっ」
「あぁぁぁん!?」
「た、タクロウさん! もうやめてあげて! スコットさんが死んじゃいます!!」
「はっ! あ、アトリさん!?」
「よく見て! その人は、友達のスコットさんですよーっ!!」
アトリがタクロウに抱き着いて動きを止めたのとほぼ同時に、重剣士はスコットに向かって突撃する。
「ま、まずい! 奴が来る!!」
「ちょっ、待って! 今、頭がくらくらして……!!」
体を揺らされ過ぎて意識が若干途切れかけているスコットは反撃も出来ないまま剣士の接近を許す……
だが、手にした剣を振り上げる前に重剣士はタクロウに殴り飛ばされた。
「……なっ!?」
「え、あ? ど、どうなりました?」
「何だ、スコットかぁ……危うく殺す所だったぞ?」
妻の涙ながらの訴えで正気を取り戻したタクロウはスコットを開放して頭をポリポリと掻く。
「……ど、どうも」
「どうしたんだ、スコット? 派手に吹っ飛んで来やがってよー」
「え、えーと……実は」
タクロウに殴り飛ばされ、近くの建物を突き破っていった重剣士がふらつきながらやって来る。
「アイツに追われてまして……」
「何だ、アイツは?」
「ニックさん、この人にも説明を……」
「えっ? あ、ああ……えーと」
片手間に重剣士を殴り飛ばしたタクロウの力に戦慄したニックは上手く言葉が出てこなかった。
(……一体、この街の人間はどうなっているんだ)
勇者である自分の首を一瞬で刈り取った正体不明の怪人に、自分をこんな姿に改造する変態、呪文詠唱も無しで魔法を連発する魔法使いに、暴れ回る自分の肉体を一撃で殴り倒すような怪物が一般人として暮らしている魔境。
「……ああ、うん。唯の首のない化け物だよ、そこそこの強敵だとは思う」
「えっ、そんな説明でいいんですか!? あの首なし野郎はニックさんの」
「うん、何かもうどうでもいいかなって」
「どうでも良くないでしょ!?」
異世界パラディウトピアで勇名を馳せた偉大なる勇者は、数多の異界文化が混ざり合って生まれた現世の特異点たるリンボ・シティの異常さを前に気高き心がポッキリと折られ……
「君の言う通り、私の世界は優しさに溢れていたんだなぁ……」
今は遠き愛しき遥かな異世界に思いを馳せた。
ニックさんは本当に強いのです。相手がちょっと悪かっただけで……