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彼のことを覚えてくれる人が居てくれたなら嬉しいです。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「よし、ここまで離れれば暫くは大丈夫だろう。よく頑張った!」
「どーも……それじゃあ説明して貰えますかね?」
ひたすら全力で走り続けて13番街区まで来てしまったスコットは息を切らせながら問う。
「まずは自己紹介からさせていただこう。私の名前はニック。ニック・スマイリー……こう見えて元人間だ」
「……やっぱり人間ですか。どうりでやけに人間臭くて気持ち悪いと思いましたよ」
「失礼だな! 気持ち悪いとは何だ!」
「その元人間のニックさんがどうしてそんな姿に?」
「……」
ニックは少し沈黙してから話し出す。
「……あれは今から一週間程前だった。私は仲間達と共に世界を脅かす魔王リディキュラスを倒すべく魔王軍と戦っていたのだ」
「え、魔王? 何ですかそれギャグ?」
「三人目の四天王フーリッシュとの死闘を制し、仲間と勝利の余韻を噛み締めていた時だった。あとギャグとか言うな、怒るぞ」
「あ、すみません……」
「突然、目の前に謎の黒い丸穴が現れたんだ……」
ニックはここで大きく溜息をつく。
「最初は四天王最後の一人、魔王軍最強の魔術師ジャークの暗黒魔術だと思ったのだが……特に此方にダメージを与える事もなく、世界で猛威を振るった魔王毒を撒き散らす事もない。ただ目の前の空間にポッカリと浮いているだけだった」
「あ、それって……」
「その正体不明の黒い穴が気になってしまった私は、その正体を確かめようと手を伸ばし……」
「……」
「気がつけば見知らぬ街に放り出されていた」
スコットは何とも言えない表情になる。
恐らくニックの言う黒い丸穴とは異界門の事だ。
「つまり、その黒い穴に手を出した所為で異世界に飛ばされちゃったわけですね」
「そのとおりだ。君は賢いな!」
「いや、アンタが馬鹿なだけだと思いますよ」
「!?」
「普通そんな怪しいものに手を伸ばします? 消えるまで待つとか、警戒するとか、何なら皆でその場から離れるという選択も有りかと……」
放っておけばいいものを、わざわざ自分から手を伸ばして元の世界とサヨナラしてしまったニックに心底呆れながらスコットは言う。
「いや、怪しいものが現れたら自分で確かめるべきだろう! 私は勇者だぞ!?」
「それで死んだら元も子もないじゃないですか!」
「もし死んだとしても仲間が蘇生してくれる!」
「はー、それはそれは。優しい世界ですねー」
「何を言う! 私の世界は魔王軍に支配されているんだぞ!? 人間は僻地に追いやられ、異種族が世界に蔓延る絶望の世界だ! それの何処が優しいと言うんだ!!?」
「優しさに溢れてると思います」
真顔でそう言うスコットにニックは衝撃を受ける。
「くっ……! やはり異世界人との意思疎通は無理なのか!? 同じ人間だと言うのに、異世界の民には私の絶望が理解されないというのか……ッ!!」
「まぁ……気の毒だとは思います。でも死んでも蘇生されるから大丈夫と慢心した結果、異世界に飛ばされちゃったのはやっぱり馬鹿ですよ」
「うぐぅっ!?」
異世界人との計り知れないギャップに絶望するニックにスコットのドライなツッコミが炸裂する。
「それで……あの首なし野郎は何なんですか?」
「……」
「ニックさんを狙っていたみたいですけど、ひょっとしてアレが魔王軍の」
「アレは私の体だ」
「えっ?」
ニックの言葉の意味がわからなかったスコットは首を傾げる。
「あの黒い穴に触れ、この街に放り出された私は宛もなく彷徨っていたのだが……そこで仲間と瓜二つの女性と出会ったのだ」
「え、あの」
「仲間と見間違えた私は彼女に声をかけ、一先ずは互いの無事を喜び合おうと思って」
「とりあえずあの首なし野郎について説明してくれませんかね!?」
スコットは彼の話をバッサリと遮り、まずはあの頭のない重剣士について問い詰めた。
「ああ、すまない。アレは私の肉体だ……正確には私の肉体だったと言うべきか」
「どういう意味ですか?」
「……この街に来た私は、訳あって何者かに首を切り落とされてしまったのだ」
「はあっ!?」
「一瞬だった。まさかあんなにもアッサリと首を切られてしまうとは……」
「だ、大丈夫なんですか!? 首を切られて……」
「いや、流石に一度死んだと思う。どういうわけか気がついたら首だけの状態で生きながらえていたが」
ニックの話を聞く内にスコットは『ん?』とデジャヴを感じる。
そういえば前にも似たような話を聞いたような気がすると思い、記憶の糸を手繰り寄せる。
「……」
「首だけになった私はこれからどうするべきかと思案していたのだが、ある日裕福そうな黒衣の男に金で買われたんだ。奇妙な男だった。その男は私の首を持ち上げてニッコリと笑い……」
「あっ」
「男は私を自分の屋敷に持ち帰り、首だけになった私をまるで実の息子のように可愛がった。一見、突拍子もない話に思える私の言葉も親身になって受け止め」
デイジーだ。
彼もこの街に来てからあっという間に首だけにされ、謎の男性に買われて今の姿に作り変えられている。
ニックの話からその黒衣の男がデイジーを改造した変態と同一人物だと確信し、そしてニックがこんな姿になった経緯も大体察せられた。
「……それで、気がつけばそんな姿になってた訳ですね」
「そうだ。痛みも何も感じなかった……元の世界の夢を見て、目が覚めたらこうなっていたんだ」
「うわぁ……」
流石にニックに同情を禁じえなかったスコットは目頭を押さえる。こうも悲惨な境遇の人物に短期間で二人も出会うと今の自分がどれ程マシであるかと実感せざるを得ない。
(……俺って、本当に幸運だったんだな)
余所者がこの街に来て五体満足で居られるだけ幸せだったと思い知らされたスコットは静かに涙を流す。
「……な、どうしたんだ!?」
「すみません……ちょっと、涙が」
「私の為に泣いてくれるのか……? なんて、なんて優しい男なんだ君は!」
「そりゃ泣きますよ……そんな話、聞かされたら……」
「す、すまない。もしよければ君の名前を聞かせてくれないか……?」
「ああ、俺の名前は」
突然、スコットが背にしていた建物が賽の目状に切り裂かれる。
「うおっ!?」
「はっ……! し、しまった!!」
ゴゴゴと大きな音を立てて崩れ落ちる建物から、頭のない重剣士が大剣を構えて現れた……