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時刻は午前11時、リンボ・シティ4番街区。
「悪いな、スコット。ここまで呼び出しちゃってさ」
「いえ、大丈夫ですよ」
スコットはジェイムスに呼び出され、4番街区のアップルパイが有名な喫茶店を訪れていた。
「大した用事じゃないんだ。ただ今日で君がこの街に来てから一週間目になるからな、住民カードをチェックさせてもらいたい」
「あ……」
完全に記憶の片隅に追いやられていたが、スコットは移住早々に事故を起こして異常管理局にペナルティを与えられている。
二桁区なら然程問題にならなかったのだが、一桁区の大通りで起こしてしまったというのが問題だった。
「こ、これですか」
「ああ、それそれ」
スコットは財布から住民カードを出してジェイムスに渡す。
「……こうして見比べるとかなりいい顔するようになったよな」
「そ、そうですか?」
「ははっ、何だかんだで君はこの街が合ってるのかもな」
ジェイムスは住民カードに写るスコットの重苦しく不機嫌そうな顔と現在の顔を見比べて小さく笑った。
「いえ、それは無いと思います」
だがスコットは真顔で否定した。
「あ、否定するんだね……」
「多分、今の顔が緩んでるのは社長から開放されたからです」
「あー、なるほど!」
その一言でジェイムスは納得し、ポンと手を叩いた。
「辛いだろ、アイツと一緒にいるのは」
「辛い苦しいってレベルじゃないです」
「もうベッドに潜り込まれたか?」
「何で知ってるんですか、ジェイムスさん」
「俺もアイツとは色々あってな……」
ドロシーとの辛苦に満ちた思い出を回想してジェイムスは力無く笑う。
彼の表情で色々と察したスコットは思わず目頭を押さえた。
「……すまん、カードのチェックが先だな」
「で、ですね」
「もしこれで脅威レベルが下がれば君はかなり自由に行動出来るようになる。一桁区で暮らすのも夢じゃないだろうな」
「まだそんなお金無いですけど、早い内に二桁区からは離れたいです」
「うん、二桁区からは離れたほうが良い。特に13番街区は駄目だ、人間が住む所じゃない」
「……」
スコットはジェイムスの発言に少し引っ掛かる。
二桁区から離れたいと思っているが、人が住めない所とまでは思っていない。
彼の言う人間とは異人ではなく人間を指しているのだろうが、この街で暮らす内に異人種に対する印象に変化があったスコットには軽く差別的な言葉に感じられた。
「……ところで、脅威レベルってどんな事をしたら上がるんですか?」
「ん? ああ、二桁区だと余程の事をしなければ上がらないよ。君はまだBクラスだし、精神鑑定もギリ正常値だったからな」
「へー……」
「ま、もし脅威レベルが下がらなくても君は大丈夫だろう。来週まで大人しくしていればいいだけの話だからな」
ジェイムスはスコットの住民カードを手のひらサイズのカードチェッカーに通す。
ピ、ピ、ピ……
「ほら、異常なし……っと」
ブェー、ブェー、ブェーン!!
「!?」
「え、何!? 何ですか!!?」
鳴り響くアラート音。スコットのカードを読み取ったチェッカーのランプは真っ赤に染まり、彼の脅威レベルが上昇した事を伝えていた。
「……脅威レベル4。警戒値だね」
「はぁっ!? 何で!!?」
スコットは思わず立ち上がって声を荒げる。
「どういうことですか!? 余程の」
「お、落ち着けスコット……ここは一桁区だからね? 大人しくね? ほら、カード返すよ……」
「あ……す、すみません」
「うーん……これは」
ジェイムスは頭を抱える。
最悪、下がらなくても現状キープは揺るがないだろうと高を括っていた彼は予想外のレベルアップに言葉が出なかった。
「……俺、どうなるんですか?」
「えーと、Bクラス特異能力者の脅威レベル4ペナルティは……」
「……」
「一桁区への居住禁止、一桁区の二日以上の宿泊を禁止、一桁区の飲食を制限、一部店舗への入店制限、週に一度住民カードを担当の監視役に提出、週に一度精神鑑定を受ける……」
「け、結構キツイですね」
「……そして、担当の監視役には個人の判断で対象を拘束する選択肢が与えられる」
「ほあっ!?」
スコットはジェイムスが発した最後の一言の破壊力に声を上げる。
「まぁ、うん……仕方ないね」
「そんなのありですか……」
「こ、拘束だからまだ有情だよ。脅威レベル6の危険値になると拘束から無力化になるから」
「む、無力化って」
「もう殺してもいいよって事だね……」
スコットは顔を手で覆って啜り泣く。
そんな彼の姿に深く同情してしまったジェイムスも熱くなる目頭を押さえながら顔を逸らす。
「……一体、俺が何をしたっていうんですか……」
「俺も知りたいくらいだよ……何か、自分で思い当たる節はないのかよ」
「……社長と一緒に居るくらいしか」
「多分、それだよな」
「一緒に居るだけでアウトなんですか……」
「アイツはSクラス特異能力者な上に脅威レベルが上限突破してるからな……」
さり気なくジェイムスが発した言葉にスコットは反応する。
「え、Sクラス?」
「うん、アイツが一番ヤバい奴。ていうかアイツの会社はヤバい奴しかいない」
「……魔法が使えるからですか?」
「いや、それとは別に」
>ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ<
何かを言おうとした時にジェイムスの携帯に連絡が入る。
「……ああ、くそっ。すまん、急用が入ったから行ってくる」
「あ……そうですか」
「代金と帰りの交通費は俺が払うよ。それじゃあな」
テーブルに100L$を置いてジェイムスは足早に店を出ていった。
「……はぁ」
一人残されたスコットは住民カードに写る自分の顔を見つめながら物凄く重い溜息を吐いた。
chapter.7 「憎い憎いも好きのうち」begins....