13
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
13番街区の安ホテルで夜を明かしたスコットは奇声を上げながら面接会場へと向かっていた。
「なんで肝心な時にアラーム作動しないのかなぁああー! クソッタレエエエエエー!!」
彼の左手の腕時計が示す時刻は9時55分。面接の時間は10時ちょうど。新しい職場で輝ける人生を踏み出す筈が、始めの第一歩から踏み外しそうになっていた。
「ぁああああああー!」
「な、何だ? アイツは」
「人間か? 見ない顔だな」
「ぁぁぁぁぁあああああああー!!」
「ねぇ、ママー。何アイツー?」
「あれは人の皮を被った異人よ、ジャスリン。怖いから関わり合いにならないようにね」
道行く異人を驚かせながら走ること数分。スコットは目的の高層ビルを見つけて中に駆け込み、エレベーターへと猛ダッシュした。
「ホアアアアアアアアアアアー!」
カチカチカチカチカチカチ
「アァァァァァァァァアー!!」
カチカチカチカチカチカチ
そしてエレベーターのボタンを連打する。連打した所でエレベーターが都合良く加速する訳でも、時間に間に合う訳でも無いが彼はそうせざるを得なかった。
チーン
彼の悲痛な叫びが届いたのかエレベーターはすぐに到着した。スコットは急ぎ駆け込み、ガタガタ震える指でボタンを押した。
『15階へ止まります』
「あ、違う! 13階、13階だって!!」
『14階へ止まります』
「お、落ち着け! 落ち着け俺! 13だよ! 13、13、13!!」
『じゅ、じゅ、じゅ、13階へ止まります』
慌てるあまり二回ほどボタンを押し間違える。目的の階数を三回ほど強く押し込み、エレベーターのドアが静かに閉じた所でようやく彼は一呼吸ついた。
「あー……くそっ、落ち着け。時間は……」
時計の針が示す時刻は約束の10時を3分も過ぎていた。
「くっそ、最悪だ! 最低だ! 何で今日に限って時計のアラーム鳴らないんだよ! くそっ! くそおおおっ!!」
スコットは自己嫌悪のあまり頭を抱えて悶絶した。何度も自分の頭を叩き、何一つ思い通りにいかない人生を心底嫌悪する。ようやく見つけた仕事の話もこれで台無しだ。
「……本気で謝れば、まだ許してもらえるかな」
今まで謝って許してもらえた事など片手で数えられる程しかなかったが、今回の面接官が許してくれる事に彼は全てを賭ける決心をした。
「オーケー、落ち着け。落ち着いていけよ、スコット。俺はこの街で生まれ変わるんだ。俺は変われる。絶対に変われる!」
チーン
『13階です』
13階への到着を知らせる合図と共に、エレベーターのドアが静かに開く。目の前に鎮座するスリットドアの向こう側が、彼のこれからを決める審判の間だ。
「……オーケー、何も心配ない。自分を信じて行こうぜ、スコット!」
スコットは数度ノックした後、返事を聞く前にドアノブに手を掛けて勢いよく扉を開き……
「はじめまして、スコット・オーランドです────っ!!」
それを上回る勢いで頭を下げた。
「面接の時間に間に合わなくてすみませんでした! 時計のアラームが誤作動を起こして……本当にすみません! でも俺は本気で此処で働きたいと思ってます! もうここしか無いと思っています! 名前を見た時に運命的なものを感じたんです! この街のことは全然わかりませんが、一日でも早く馴染んで会社のお役に立ちたいと思ってます! 本当に、本当に此処で働きたいんです! 此処で仕事をしたいんです! だからどうかチャンスを! 僕に挽回のチャンスをください! 必ず、御社の一員として役に立ってみせますううううー!!」
面接官の顔すら見ずにスコットは頭を下げたまま熱の入った言い訳を大声で宣う。
(……駄目か!? いや、まだだ……まだ相手の顔も見てない! 今言えることはもう全部ぶち撒けちまったから……後は面接官の人次第だ!!)
神にも縋る気持ちでスコットは顔を上げる。極度の緊張が支配した彼の目の前には────……
「……ふやっ?」
宝石のような瞳を丸くして此方を凝視する、バスタオル姿のドロシーが立っていた。
「君、採用」
ドロシーが指をパチンと鳴らすと開けっ放しのドアが閉まる。
「うおっ!?」
「ようこそー!」
いきなり閉まったドアに驚くスコットに彼女は喜色満面の様子で駆け寄った。
「ありがとぉー! 来てくれてありがとぉー! 君のような子を待っていたんだよー!」
「え、あ……え?」
「うんうん、君の熱意……ちゃんと僕の胸に響いたよ! いいね、いいねー。もうエクセレントよ、すぐにでもファミリーになってよ!!」
「あの……その」
バスタオル一枚という扇情的な姿でスコットの手を取る。
乾ききっていない金色の髪からは甘いシャンプーの匂いが仄かに香り、今にもずり落ちそうなバスタオルからは小柄な体躯には不釣り合いなナイスバディが零れ落ちそうになっている。
どう考えても面接官には見えない美少女の姿を数秒凝視した後、スコットは彼女の手をそっと振り払う。
「すみません、部屋を間違えました」
そして彼は瞬時に身を翻し、勢いよくその場を離れようとしたが……
「駄目よ、君はもうファミリー」
ドロシーがパチンと指を鳴らすと、ドアを赤黒く刺々しい茨がビッシリと覆った。
「うわぁっ、な、何だ!?」
「触らないほうがいいよ。毒で死んじゃうから」
「はあっ!? ちょ、ちょっと!」
「まぁまぁ、こっちに来なさい。マリアが美味しい紅茶を淹れてくれるから」
「いやいやいや、俺はこれから会社の面接が! ていうか、此処は一体……!?」
スコットの眼前に広がるのはとてもビルの一室とは思えないお洒落な内装のエントランス。
構造的にも、面積的にも、あの建物には到底収まる筈のない超高級マンションの如き異空間がそこにはあった。
「ふふふ、驚いた? 此処はね……」
「あら、お客様かしら?」
「ファッ!?」
ドロシーに続いて現れたのはお洒落なバスローブ姿のルナだ。
薄っすらと銀色を帯びた白髪をタオルキャップで纏めた彼女は目を見開いて此方を凝視するスコットを見て『あらうふふ』と意味深に笑った。
加速しないとわかっていてもエレベーターのボタンは連打したくなりますよね