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「あ、出てきたよ! 色男が!!」
スコットが部屋を出ると大勢のホステスが彼を待っていた。
「本当にもう帰っちゃうのー?」
「……はい、色々とご迷惑をおかけしました」
「別にー? 迷惑なことなんてしてないよね??」
「うんうん」
「むしろアンタには感謝したいくらいよ!」
「感謝の気持ちを伝えたいから、もう一晩くらい泊まっていきなさいよー」
ホステス達は店を騒がせた殺人鬼を退治したスコットに温かい言葉を投げかける。
多くの者が名残惜しそうにスコットを見つめていたが、彼は乾いた笑いをあげながら力無く手を振るしかなかった。
「それにしてもランカとメイはズルいわねー。これからは歳取らないんでしょ?」
「ズルいとか言わないでよー、こっちも困ってんのよ! 起きたらこうなってたんだから!!」
「そ、それにわたしたちは殺されたんだよ!? 気がついたら死んでたなんて……うううっ!」
「あーあー! 泣かないでー! よしよーし!!」
スコットはメイやランカと顔を合わせる勇気がなかった。
そして、メイが彼女達の仲間を殺した殺人鬼だと打ち明けることも……
「正直に打ち明けてもいいのですよ?」
「……ッ!」
「私は止めません。真実を伝えるのは個人の自由ですし、その権利が貴方にはありますから」
沈痛な面持ちで歩くスコットにマリアは語りかける。
スコットはそんな彼女を心から軽蔑する。
だが、彼女が嫌いになればなるほどその口角は自然と上がり、不思議と笑顔になってしまう。
それがまた不愉快で仕方がなかった。
「……そういえば、ヴァネッサさんは?」
「彼女はお出掛けですわ。気になる人と二人きりでお話がしたいそうなので、貴方が目を覚ます前に見送ってきました」
「そうですか……」
「安心してください。彼女は全てを知っていますわ」
「……マリアさん」
その言葉でスコットは立ち止まる。
彼女の顔を見れば笑ってしまうので全力で目を逸らし、今の正直な気持ちを伝えた。
「俺は、アンタが大嫌いです。老執事さんが嫌っている理由がよくわかりますよ」
「うふふ、光栄ですわ。私は貴方が嫌いじゃないけどね?」
スコットの告白をマリアは笑顔で受け止める。
(……ああ、畜生。今日もまた嫌な夢を見そうだ)
スコットはさっさと店を出ようと足早に歩き出す。
店の入り口前ではレンがそわそわしながら彼を待っていた。
「……あ、スコット」
「どうも、レンさん。俺……もう帰りますね」
「まぁ……そうだよね。あたしの頼んだ依頼は達成しちゃったしね」
レンと目を合わせることがないようにスコットはわざと視線を逸らす。
今、彼女の瞳を覗いてしまうと心が折れる。
唯でさえ立っているのがやっとという状態まで精神的に追い詰められていたスコットは、彼女から逃げるように頭を下げてから店を出た。
「……待って!」
彼女はスコットのコートを掴んで引き止める。
「あのね、スコット」
(……勘弁してくれよ、頼むから。頼むから……お礼だけは言わないでくれ)
「あたしさ、最初はアンタの事を本当に頼りないやつだと思ってたの。本当に」
(正解だよ、レンさん。俺は頼りない男なんだ。本当に、本当に貴女の言った通りなんだよ……!)
「でも、今は違うよ。今は……」
(やめてくれ、やめてくれ。頼むから……!!)
スコットは思わず顔を押さえる。
レンの心からの感謝の言葉はその一つ一つが彼の心を深く抉り、その精神を更に追い詰めていく。
「今は、アンタに会えて……」
「やめてくれ!!」
ついに限界が来たスコットは悲痛な叫びをあげる。
「す、スコット……?」
「頼む……お願いだから、お願いだからお礼なんて言わないでくれ。俺は、そんなの……欲しくないんだ! そんなの……俺は……!!」
「……」
「俺は、誰も救えなかったんだよ……誰も!!」
レンはスコットのコートのポケットに何かを忍ばせてから手を放す。
肌を重ねてある程度の心情が汲めるようになっていた彼女は、それ以上何も言わずにスコットに背を向けた。
「……ま、実際にランカとメイはやられちゃったしね。そこは酷いマイナスポイントよねー」
「……」
「でも、あたしはちゃんとアンタに救われたよ。それくらいは胸を張っていいじゃない」
「……ッ!」
「もしまたこの近くに来る事があったら顔を出してよ。歓迎してあげるから」
スコットの背中をポンと叩き、レンはランカ達が待つ店の中に戻っていく。
彼は振り向けば後悔するとわかっていながらも、後ろを振り向いてしまった……
「お兄ちゃん、また来てねー!」
「そうそう、また顔出してよ! サービスしてあげるからー!!」
「次はノンアルコール用意しておくからね!」
「今は此処に居ないけど、ママもアンタのことを気に入ったみたいだからさー! 次来たら元気な顔見せてあげてねー!!」
「あははっ! それじゃーねー!!」
レンを始めとするホステス達が笑顔で彼に手を振っていた。
メイの首に巻かれた包帯と、ランカの首元に残る噛み跡が嫌でも目に入り、スコットは何一つ返事が出来ないまま彼女達に頭を下げる。
(……ははっ、ははは……! 畜生、畜生……!!)
スコットは目に涙を浮かべながら地面に笑いかける。
其処には消し損ねた小さな血痕が薄く残っており、誰の血とも知れない赤い染みに堪え切れなかった涙がポトリと落ちた。
(最悪なのに……、本当に最悪な気分なのに! どうして俺は笑っているんだ……! どうして俺は……!!)
スコットは勢いよく後ろを振り返る。視線の先には一台の車が停められており、彼と目が合った老執事がペコリと頭を下げた。
「さぁ、帰りましょうか。スコット君」
「……」
「うふふ、もう一晩この店に泊まっていきますか?」
「はっは……マリアさん。マジで殺したくなるからやめてください」
「ふふふふっ、やっぱり貴方は最高よ。もし私が殺したくなったらいつでも部屋にいらっしゃい?」
マリアはスコットよりも三歩ほど先を歩いた後にくるりと身を翻し……
「部屋の鍵は、いつも開けていますから」
まるで殺しに来てくれるのを期待しているように、彼女は満面の笑みでそう言った。
やったね、ランカちゃん! 念願の可愛い妹だよ!!