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「え、あ……大丈夫なんですか? その……」
激しい目眩を覚えながらもスコットはランカに聞く。
昨夜の傷はどう見ても致命傷だった。また、何らかの術でランカの体を操っていたマリアの意味深な発言もあり、実は彼女が無事だったという都合のいい現実をそのまま受け入れられなかったのだ。
「あー、それよ! それ!!」
レンはベッドから飛び降りてランカに駆け寄る。
そして彼女の胸元を思いっきり開き、黒いブラジャーに包まれる豊かなバストをスコットの前に晒した。
「……!?」
「ちょっ、いきなり何すんのよ!?」
「見てよ、この胸!」
「み、見てません! 見てませんよ!? 俺は」
「馬鹿! ちゃんと見なさい! コイツ、胸の傷が治ってるのよ!!」
「……は?」
スコットはレンの言うとおりにランカの胸を見る。
メイに背後から刺し貫かれた傷は、その胸元の何処にも見当たらなかった。
「本当に、ふざけんなよって思ったわよ! あたしの涙を返しなさい!!」
「あ、アタシだってよくわかんないのよ! 気がついたら傷が治ってて……でもその代わりに首に変な傷があってさぁ!!」
「……首?」
ランカは首に貼っていたテープを剥がしてスコットに見せる。
其処にはまるで大きな蛇に噛まれたかのような、痛々しい噛み傷が残っていた……
「ちょっとレンー! いい加減に離してよ、胸が隠せないじゃないの!!」
「あーもー、それにしてもムカつく胸してるわねー! メイといい、アンタといい……何であたしより大きいのよ!!」
「知らないっつーの……ふやんっ! こら、揉むなぁっ! 揉むなら金を払って……あはぁんっ!!」
「ちょっとくらいあたしに分けろー! おらおらーっ!!」
「や、やめてぇ……ああんっ!!」
レンはランカの胸を揉みしだく。
だがスコットはそんな刺激的な光景を目の当たりにしても鳥肌が収まらなかった。
「ひぃんっ! も、もうらめぇ! や、やめっ!!」
「レンー! メイドさんがアンタを呼んでるわよー!!」
「えっ、メイドさんが? 何で??」
「アンタの依頼の話でしょ!」
「あっ!!」
レンはランカを開放して急ぎ足で部屋を出ていく。
レンを呼びに来たローズは呆気にとられるスコットを見て笑いながらそっとドアを締めた。
「……」
「……もう、レンったら……」
ランカは頬を染めて満更でもなさそうに破られたシャツの胸元を縛る。
元々挑発的だった衣服はさらに破壊力を増し、目のやり場に困ったスコットは無言で視線を逸らす。
「……ふふっ、心配した?」
そう言ってランカは彼に近づき、ベッドに深く腰掛ける。
「そ、そりゃ心配しますよ。俺の油断のせいで……」
「あれは仕方ないわよ。マジで気配を感じなかったから……怖かったわねぇ」
「あ、あの……ランカさん。その身体は」
「あはは、流石にアンタまでは誤魔化せないわよね」
ランカは首筋の傷をポリポリと掻き、何とも言えない表情で言う。
「……アタシね、本当に昨日の夜に死んだのよ」
「……!!」
「でも、死ぬ直前……ていうかもう死んだ後かな? 真っ暗な闇の中で声を聞いたの。綺麗な女の人の声……」
「女の人……?」
「アタシね、死にたくなかったんだ。今までは死んでも仕方ないかなーって思ってたけど……いざその時がきたら、全然違ったわ」
死の恐怖を思い出したランカは震える身体をギュッと抱き締める。
「死ぬのは、怖いよ」
ランカは震えながら言った。
「……」
「それが……わかったのかな。その人は言ったのよ、『願いを叶えてあげる』ってね」
「それで、どうなったんですか……??」
「気がつけばこの店の……アタシの部屋に居たの。すぐ隣で綺麗なメイドさんが嬉しそうに私を見てたわ」
恐らくはマリアの事だろう。スコットはひたすらに嫌な予感を覚えた。
「……彼女は何て言ってました?」
「……『長い、長い夜へようこそ』」
ランカはマリアの優しい笑みを回想しながら答える。
「『これで貴女も家族よ』……ってさ」
スコットの背筋は再び凍りつく。
「最初は意味わかんなかったし、何よこの女……って感じだったけど。すぐにわかったわ」
「……」
「アタシね、もう心臓が動いてないの。身体も冷たくて、変な感じ」
「……!」
「そして……全然、寝れないのよ。眠くならないっていうか、もう眠る必要がなくなったみたい」
ランカはスコットと目を合わせ、彼女らしからぬ辛そうな笑顔を見せた。
「眠れない夜って、本当に長いのね」
スコットは思わずランカの手を握りしめる。
温かかった筈の彼女の手は人形のように冷たく、生命の躍動は感じられない……まるで本当に死体の手を握っているようだった。
「……すみません……ッ!」
「いいよ、アンタのせいじゃないし」
「俺が、俺が貴女を守れなかったせいで……こんな……!!」
「あはは、でも犯人はしっかりと懲らしめてくれたじゃない。それで」
「俺は……!」
「……ふふふっ」
ランカはそっとスコットにキスをする。
「ぷはっ……、でも悪いことばっかりじゃないわ」
「!? な、何を!!?」
「またアンタとこうしてキスが出来るから」
そう言ってランカはベッドを離れてドアノブに手をかける。
「……ああ、それともう一つ」
「な、何ですか」
「あはは、やっぱり言わないでおくわ。自分の目で確かめてー」
「??」
「それじゃ、またね。スコット」
ランカはドアを開けて部屋を出ていく。
唇に残るひんやりとした感触に触れながらスコットは暫く呆然としていた。
「……ッ」
「あら、目が覚めたのね。心配したのよ?」
マリアがドアを開けて入ってくる。
いつもの優しい笑顔が、今のスコットには正しく悪魔の微笑にしか見えなかった。
「……彼女に何をしたんですか?」
「あら、早速その話ですの? 心配してあげたのに、他の女の方が気になるなんて傷つくわぁ……ふふふ」
「笑い事じゃなくてですね……!」
「私はあの子の願いを叶えてあげました。それだけですわ」
くすくすと笑いながらマリアはスコットに近づく。
「死にたくないと願う子猫に救いの手を差し伸べないような意地悪な事……私にはとても出来ませんわ。ちゃんと助けてあげますとも」
「で、でも彼女の身体は」
「ええ、死体のままですね。でも慣れると案外便利ですわよ?」
スコットにズイッと顔を近づけ、マリアはニッコリと笑って言う。
「うふふっ、死人の私が保証致します」
まるで待望の可愛い娘が出来たような満ち足りた笑顔でそんな事を言う悪魔にスコットは戦慄した。




