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まさかの爽やかハッピーエンド。やったね、スコット君! ヒロインが増えるよ!!
「……うっ」
スコットがようやく目を覚ます。
「ここは……うあっ!」
ズキンと激しく痛んだ頬を左手で抑えたが、その左手も負傷していたので二重に苦しんだ。
「あだだっ、いってぇええ!!」
「あっ! 気がついた!?」
「えっ、あっ! 何……!?」
周囲には彼を心配するヴァネッサの娘達が集まっており、ようやく目覚めた彼の姿に皆が安堵した。
「ああっ、良かったぁ……! 全然、目を覚まさないから心配したのよ!?」
「ふおおっ!?」
「ちょっと! レン呼んできて! スコットちゃんが起きたって!!」
「おっしゃ、任せてー!」
「あっ! ちょ、ちょっと待っ……あぐわっ!?」
スコットは部屋を出ていくローズを呼び止めようとしたが、負傷した左頬が痛んでそれ以上言えなかった。
「いででで……!」
「そりゃ痛いわよ! アンタ、どんだけ刺されてんのよ!!」
「むしろ痛いで済んでるのが不思議よ!」
「本当によく生きてたわね!?」
「……まぁ、はい。身体は丈夫な方なので……いてぇ」
左頬を始めとした複数の刺し傷。特に胴体と肩の傷がかなり深く、血塗れの彼が運び込まれた時は店内が騒然としたという。
「連れてきたわよー!」
ローズがレンを部屋に連れてくる。彼女は力無く床を見つめ、その表情は窺い知れなかった。
「……」
「……レンさん」
出来れば彼女は呼んで欲しくなかった……というのが彼の正直な心境だ。
「……ッ」
ランカを失い、そしてメイがスコットに絞め殺される瞬間を目の当たりにした。
彼女の絶望はどれ程のものだろうか。スコットには想像することも出来なかった。
「……すみません」
彼が今の彼女に出来ること、それはただ力無く謝罪する事だけだった。
「俺は、その……本当に……俺、俺は……!」
重苦しい顔でボソボソと呟くスコットにレンは飛びついた。
「……馬鹿ァ!」
「ちょ、えっ!? レンさ……あだっ! あだだだだっ!!」
「あぁぁぁぁぁん、もう! もうっ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿ァ! 心配したんだから、本当に心配したんだからァァァー!!」
「あばばばばっ! 待って、痛い! 痛い痛い! 今、今ッ体中が傷だらけで」
「ううううううぅっ!」
「ちょっ、聞こえてます!?」
レンは泣きながら彼にしがみつく。
予想外の反応にスコットは慌てふためき、周囲のホステスはそんな二人を涙ぐんだ瞳で見守っていた。
「レンさん、レンさーん! ちょっと離れて!? 傷っ、傷口が開くぅ!!」
「やだぁっ! もう離さない! 絶対に離さないーっ!!」
「あのレンがあんなに泣くなんて……!」
「ヤバイよ、アイツ。あのレンを落としやがったわよ……!」
「畜生……ベタなのに、感動できるじゃないの! いいカップルじゃん……!!」
「あぎゃああああああっ!!」
思いの外、力が強いレンを引き剥がせずにスコットは痛そうな悲鳴をあげる。
ホステス達は彼の悲鳴がまるで聞こえていないかのように、泣きじゃくるレンの姿に感動していた。
「……本当に、もう。この馬鹿野郎め……!」
「レ、レンさん……ちょっと、マジで離してください。し、死んでしまいます……」
「あっ……ゴメン!」
ここでようやくレンは彼を開放する。
スコットはバターンとベッドに倒れ込み、ビクンビクンと激しく痙攣する。
「ど、どうも……ありがとうございます……アバッ」
「ああっ、スコットー!!」
「あ、やめて……身体を揺らさないで。死ぬ、死んじゃう……」
「ご、ごめん! アンタがやっと目を覚ましたからつい……!!」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです……でも、もう抱き着かないでくださいね?」
顔面蒼白でコヒューコヒューと弱々しい呼吸を繰り返しながらスコットはレンに命乞いした。
「さて、ここは二人きりにしてあげましょうか」
「そうね、感動のシーンに水を差しちゃ駄目よね」
「それじゃ、ごゆっくりー!」
「ちょ……待って」
空気を読んだホステス達は二人を残して部屋から出ていく。
出来れば二人きりにしてほしくなかったスコットは皆さんの空回りな優しさに涙した。
「……」
「……全く、本当に無茶したわね。アンタは」
「……すみません」
レンはベッドに座り、スコットの左手にそっと触れる。
「……あの、昨日の夜は」
「いいよ、気にしないで」
「き、気にしないでって……」
「あたしの為に殺人鬼と戦ってくれたのよね……ありがとう」
「……レンさん?」
「昨日の事は良く覚えてないけどさ、そんな身体を見せられたら嫌でもわかっちゃうわよね」
スコットはレンの言葉に鳥肌が立った。
「……覚えて、ない?」
「うん、覚えてないわ。気絶しちゃったみたいでさぁ……情けないわよねぇ」
「レ、レンさん……」
「気絶してる間、すっごい怖い夢見ちゃったのよ。もう……信じられないくらい怖い夢でさ、目が覚めた時は大変だったわよ」
レンは明るく笑いながらそう言った。
まるで昨日の出来事を悪い夢だと本気で思い込んでいるかのように。
「レンさん……俺、俺は……!」
「あー、はいはい。わかってるわよ、頑張ってくれたんでしょ? また今度ゆっくり聞かせてもらうわ」
「俺は、ランカさんを……!」
「あ、そうそう……そのことなんだけど」
「こらぁー! アタシを置いて盛り上がって……ってあれ?」
部屋のドアを勢いよく開けて飛び込んできた乱入者にスコットは目を疑った。
「ら、ランカさん……!?」
それは昨夜、メイに背後から胸を貫かれたランカであった。
「盛り上がってないってーの。怪我人相手に何を期待してたのよ、アンター」
「あれー? おかしいわね……ここは二人は幸せなプレイをして終了だと思ったのに」
「しないっつーの! 流石にこの傷は無理よー!!」
「あーん、残念! 今度こそアタシも混ぜてもらいたかったのに!!」
スコットは悪い夢でも見ているのかと右の頬を思い切り抓る。
「……ははっ、何だよこれ。嘘だろ? なぁ……嘘だろ??」
頬を伝わる痛みは、目の前の光景が質の悪い現実であるという事を彼に教えてくれた。
……等と本気で思ってくれた方には大変申し訳ない。そんな美味い話はないのよ。