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悪い子にはお仕置きよ
「あら、お目覚めですか?」
メイが目を覚ますと弾ける笑顔のマリアが顔を覗き込んでいた。
「……!?」
「あら、ビックリさせちゃったかしら? ごめんなさい、貴女の寝顔がとても可愛かったものですから」
「ここ、何処……? わたし、は」
「うふふ、ここは秘密のお部屋。少なくとも……天国ではないわね」
彼女が目覚めたのは殺風景な部屋。マリアの膝を枕代わりに大理石の床で寝かされていた。
「わたしは……どうなったの?」
「ふふふ、正直に言っていいの?」
「わたしは、助かったの……?」
「いいえ、助かってません。貴女は死んでしまいました……ほら」
記憶が曖昧な彼女にマリアは笑顔で答え、膝上で寝かせたメイの首をおかしな方向に曲げる。
「……ひっ!?」
「大丈夫、痛くないでしょう? だって、貴女はもう死んでいるんだから」
「わた、わたし、死んだの?」
「ええ、死にました。怖いお兄さんに可愛い首をポッキリと折られてね……ふふふっ」
「あ、あ……」
「ああ、まだ泣いちゃ駄目よ? 貴女にはこれから聞きたいことがあるから」
メイの首を元の位置に戻し、恐怖のあまり今にも泣き出しそうになっている彼女の頭を優しく撫でる。
「どうしてあんなに悪いことをしたの?」
「わ、わたしは、悪いことなんてしてない……」
「そう? 今まで貴女は沢山の人を殺したんじゃないの?」
「あれは、悪いことじゃないよ。パパの、パパのお願いだから」
「パパの?」
「パパのお願いは、悪いことなんかじゃないわ」
メイに罪の意識など欠片もなかった。
彼女にとってはパパのお願いは絶対であり、ただそれに従っただけだ。
そのお願いが『この店の娼婦の殺害』であっても彼女は迷いなくそれを受け入れた。
例え相手が自分を可愛がってくれた優しい人達であったとしても……
「うふふふ、そう。そうよねぇ」
「わ、わたしは悪いことなんてしないよ。そんなことしたらパパに嫌われちゃう……!」
「じゃあ、悪いことってどんなこと? お姉さんに教えてくれる?」
「……」
「教えてくれないの?」
「……パパの、言うことを聞かないこと」
メイの答えを聞いてマリアは満足気に笑う。
あまりにも純粋で子供らしく、そして何処までも哀れで愚かしい彼女の返答に興奮したマリアはくすくすと笑いながら言った。
「でも、貴女は死んじゃったわね」
「……あっ」
「死んじゃったらパパに会えないし、パパのお願いも聞けないわねぇ……ふふふ。どうしましょう、このままだと貴女は悪い子になっちゃうわ」
「あっ、あっ……! 駄目、悪い子になりたくない! わたし、悪い子なんかになりたくないよ!!」
「悪い子になったらどうなるの?」
「悪いことをしたら……悪い子になったら、パパに捨てられちゃう……!」
メイは慌てて立ち上がろうとするが彼女の身体は動かない。
片腕一つ、指先一つたりとも動かせなかった。
「うふふふ、無理よ。貴女はもう自分の力で身体を動かせないわ」
「やだ、やだ……! 捨てられたら……わたし、わたし……!!」
「ふふ、本当にパパが大好きなのねぇ?」
「す、好きだよ……一番好きなの! だから、だから言うことを聞かなきゃ! わたしっ、わたしは!!」
「でも残念ね、パパは貴女のことなんて好きじゃないのよ」
マリアがはっきりと口にした言葉にメイは凍りつく。
「……え?」
「うふふ、可愛いけど最高にお馬鹿さんね? パパが好きなのは貴女じゃないのよ。例え貴女がパパが大好きでもね」
「ち、違うよ? パパもわたしが好きよ。だって、愛してるって」
「ウソウソ。パパはそんなこと思ってないわ、パパが好きなのは別の人だもの」
「ち、違う。わたし、わたしが」
メイの表情が絶望に歪んでいく。
恐らく彼女はパパに拾われ、幼少期から洗脳にも等しい教育を受けている。
その上で『パパが一番好き』という強烈な暗示を植え付けられ、このような殺人鬼が生み出されたのだろう。
哀れな事に彼女はパパに愛されているという幻想すら抱いている。
それなら、その暗示と幻想を打ち砕いてやればいい。
「教えてあげましょうか? 貴女のパパ、ニコライが一番好きな人の事を」
「……! どうして、パパの名前を……!?」
「知ってて当然よ。だって、ニコライが一番好きな人は私だもの」
マリアは大きく口を裂かせ、彼女の心に嘘を吹き込む。
「……嘘」
「嘘じゃないわ。どうして私が貴女をここまで連れてきたと思う? それはニコライにお願いされたからよ……貴女の死体を処分するように」
「う、嘘! パパはわたしに、そんな……そんなこと……!!」
「するに決まってるじゃない。ニコライは、パパはもう貴女なんて好きじゃないもの」
「あ……あ……」
「だってもう動けないし、言うことも聞けない悪い子になったんだもの。嫌いになって当然よねぇ?」
壊れたメイの心はもう元に戻せない。
純粋だった彼女の心はニコライに弄くり回されて怪物そのものになってしまった。
彼女はもう救えない……それならばどこまでも壊れてもらおう。
「ニコライはベッドの上で私に言ったのよ。悪い子になった貴女なんてもう要らないって」
友人の可愛い娘を散々八つ裂きにしてきたのだから、これくらいの罰は与えないと気が済まない。
「あぁ……あぁあああ……ぁあああああっ!」
「ああっ、泣かないで? 私、可愛い子が泣く姿は見たくないの」
「やだ、やだっ! やだぁあああ! 捨てられたくない! 捨てないで、パパ……わたしを捨てないでぇっ!」
「うんうん、捨てられたくないわよねぇ。でも残念、もう貴女は捨てられちゃったの」
「そんなっ……わ、わたしは……わたしはっ!」
「可哀想だけど……そろそろお別れの時間よ。さようなら」
「や、やだ……! パパッ! パパァァッ!!」
「ふふふふ……」
泣きじゃくるメイの瞳をそっと押さえてマリアは耳元で囁く。
「でも、私はそんな貴女のことが一番大好きな人を知っているわ」
マリアの囁きにメイは反応する。
「……え?」
「そう、ニコライよりもずっとずっと貴女を愛している人。この世界で一番、貴女を愛している人よ」
「パ、パパより……? 嘘、そんな、そんな人が」
「本当は貴女もその人が一番好きだったのよ。でもお馬鹿さんだから気づけなかった……気づこうともしなかった」
「……」
「うふふ、聞きたい? 聞きたいかしら?」
「お、教えて……? その人は……」
「うふふっ、うふふふふっ」
マリアは本当に愉快げに笑う。
彼女の嘘を鵜呑みにして心が瓦解しかけているメイはその言葉を素直に受け入れるだろう。
そう考えると愉快で愉快で仕方がない。
(ああ、本当に良い子ねぇ。こんなに可愛いんですもの、ちゃんと立派なレディにしてあげなきゃ。あのヴァネッサやお嬢様に負けないくらいの……うふふふっ)
純粋であるが故に壊れてしまった彼女の心をもう一度壊し、そしてこれから好きなように作り替える愉しみを思うと笑いが止まらない。
「教えてあげてもいいけど、その前に私のお願いを聞いてくれるかしら?」
「お願い……?」
「そう、私からのお願い。聞いてくれるなら教えてあげるわ」
「な、何でも……何でも聞くよ。何でも、何でも聞くから……教えて……!」
「それじゃあ、メイちゃん」
メイの瞳を覆う手を退かし、マリアは興奮気味に言った。
「今日から、私の娘になりなさい?」