27
彼女の夜は長いのです。
「だ、大丈夫なんですか!? 傷は」
「いいえ、手遅れです。彼女はもう死んでしまいましたわ」
「ランカさん……?」
「あら、ひょっとして気付いてないの? 鈍い子ねぇ、私ですわよ」
ランカは口元だけを妖しく裂かせ、くすくすと挑発的に笑う。
先程までの彼女とはまるで異なる雰囲気、どこか含みのある妖艶で特徴的な喋り方……
「……マリアさん?」
スコットはまさかと思いながらもその名前を呼んだ。
「ふふふ、正解です。スコット君」
マリアはランカの姿で恍惚に笑い、気絶したレンの首元に小さく口づけした。
「ど、どういう……がふっ!」
ここで無茶な戦い方の反動が来たスコットは吐血して壁に凭れ掛かる。
「あらあら、随分と痛めつけられちゃったのね」
「ラ、ランカさんの身体に何を……」
「うふふ、別れる前に少しだけおまじないをしていたのよ。もしもの時があった時の為にね」
「おまじない……?」
「ええ、この娘が死んでも大丈夫なように……うふふふ」
ランカの身体を借りたマリアは妖しく笑う。
あまりにもランカの明るいイメージと掛け離れた蠱惑的な笑みにスコットは寒気を感じた。
「さぁ、戻りましょうか。ヴァネッサ様が貴方達を心配しているわ」
「わ、わかってます……ぐっ!」
「あらあら、ボロボロねぇ。大丈夫? このままじゃ貴方も死んでしまうんじゃないかしら?」
「こ、こんな傷くらいじゃ……俺は……ッ」
スコットの意識はここで薄れていき、ズルズルと壁に血の跡を付けて地面に座り込む。
「……」
ふと隣に目をやれば、冷たくなってしまったメイが横たわっていた。
「その娘が犯人ですね」
「……はい」
「ふふ、綺麗な死に顔……貴方はこんな殺し方も出来るのね。もっとグチャグチャにされていると思っていたのですが」
「そんなこと……出来るかよ!」
スコットは悔しげに歯を噛みしめる。
ランカ達を襲った犯人を退治して依頼人も無事だというのに、彼の心境は最悪だった。
ただただ深い悲しみと後悔だけが胸の中を痛めつけていた。だが……
(……どうして、俺は……!!)
スコットの心を痛めつける一番大きな理由は、彼女を殺す直前まで彼は本気で興奮していたという事だ。
彼女を追い詰めていた時、表情には自然と笑みが溢れた。
痛みなど感じる暇などなかった。ランカを救えなかった事への後悔など微塵も残っていない、レンを一人で残して来た事への後ろめたさもない。
ただただメイを追い詰めるのが快感だった。
しかも彼女の命を奪ったのは悪魔の腕ではなく自分の右手だ。
彼は自分自身の手で彼女を殺めたのだ。
「……ッ!」
吐き気がした。
今まで抑え込まれていた暗い快感に溺れた自分にこれまでにない嫌悪感を覚えた。
ドクンドクンと脈打つ心臓の鼓動すら不快に思えるほどに。
「……最悪、だ」
そう言ってスコットの意識は途切れる。
「……いいえ、最高よ。貴方は」
だがマリアは自分を唾棄しながら気絶したスコットを愛しげに見つめ、心からの称賛の言葉を送った。
キキィイイ……
暗い路地の先に止まる一台の車。運転席からは長身の男が現れ、コツコツと足音を立てながらやって来る。
「ああ、良かった。ちゃんと迎えに来てくれたのね、偉いわぁ……」
月明かりに照らされて顕になった老執事の顔を見てマリアは微笑む。
「貴女の為ではありません。可愛い新人君と依頼人の為ですよ」
老執事は忌々しげに笑って言う。
「状況の説明は必要かしら?」
「いいえ、不要です。大体わかります」
「流石はアーサー君。それじゃ、すぐに皆さんを運んでくれるかしら?」
「言われずとも」
老執事は先にメイの死体を優しく抱き上げ、次に気絶したスコットをやや乱暴に担ぎ上げる。
「それで、その方の身体はどうするおつもりですか?」
「ああ、この娘ね……ふふふ」
「その笑い方をやめてください。その娘が可哀想です」
「うふふ、そう言われましても。もうこの娘は私のものですわ」
マリアが発したその言葉で老執事は眉をひそめる。
「……彼女がそれを望むとは思えませんが」
「まさか、この娘は自分からそれを望んだのですわ。だからこうして私が中に居るのよ」
「ああ、彼女が不憫でなりません。どうしてそのような選択をしてしまったのでしょうか」
「ふふふ、決まってるでしょう?」
ランカの行く末を憐れむ老執事の言葉にマリアは満面の笑みで答えた。
「彼女はまだ死にたくなかった。それだけですわ」
その答えで気分を害した老執事は無言で彼女に背を向ける。
彼の背中を追ってマリアも車に向かい、上機嫌に鼻歌を歌った。
「ふん、ふふふふふん、ふんふんふん、ふふふふふん♪」
「おやめください。耳が腐ります」
「あら、まだ腐って無かったの? おかしいわね、私の熱意が足りなかったのかしら」
「ああ、もう結構。口を紡いでください」
「ミーゼレーレ、メーイデウース、セーイクンドゥム マーグナーゥ」
「……」
「うふふふっ」
老執事を挑発するように、マリアはランカの声でミゼレーレの歌詞を口ずさむ。
そんな彼女に軽く殺意を覚えながらも、不思議と老執事の顔からは不器用な笑みが溢れた。
◇◇◇◇
「……くー……くー……」
ベッドで可愛い寝息を立てるドロシーの頬をルナは優しく撫でる。
「ふふふ、この寝顔を見ればきっとスコット君も貴女に夢中になるでしょうね」
ルナはベッドからそっと抜け出す。
彼女の眩しい裸体は窓から漏れる月明かりを浴びてぼんやりと青く光り、解いた白銀の髪の美しさも相まってまさに女神の如き美しさを醸し出していた。
「……」
彼女は徐に寝室の窓を開け、ひんやりとした夜風に当たりながら空を見上げる。
「ねぇ、スコット君。貴方にはもう心に決めた子がいるの?」
薄く青みがかった月の模様を眺めながら、ルナはそんなことを言う。
「その子はドリーのような子かしら? それとも……」
ふふふと微笑みながら意味深な言葉を残し、彼女は暫く一人で月を眺めていた。