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お嬢様に執事と来れば、当然メイドも必要ですよね。心得ております。
「……ああ、もううんざりだ」
街に出たスコットは大きな溜息をついた。
空からはそんな彼を嘲笑うかのような『ピョア、ピョア、ピョア』という甲高い鳥の鳴き声が聞こえ、目の前を通り過ぎる Mk-2とマーキングされた腕の生えたトラック の排気ガスに当てられてその気分は更に更に沈んでいく。
「……ゲホッ、ゲホッ! くそっ! シャッキリしろスコット! この街で新しい自分に生まれ変わるんだろ! そう決心して来たんだろ!? これくらいでへこたれるな!!」
自分を激励しながらスコットは顔を上げる。携帯を取り出して三日前に受け取った面接案内のメールを確認し、彼は新しい自分に向かって歩き出した。
件名:【10月13日】面接のご案内
スコット・オーランド様。この度は外側でお住まいにも関わらず当社にご連絡いただき、誠にありがとうございます。
株式会社レクシー運送サービス リンボ・シティ支店、採用担当のライアーと申します。
是非ともスコット様に面接にお越し頂きたく面接日程のご連絡をさせていただきました。
日時:10月13日(月) 10:00~
会場:ケツァルコアトルズ・ビル 13階
株式会社レクシー運送サービス リンボ・シティ支店
住所:リンボ・シティ 13番街区 アクトール カムジンハイ・ストリート 400番地
※面接会場は添付の地図をご確認ください
持ち物:特にナシ
所要時間:30分
※面接時の交通費は全額負担致しますのでご安心ください
なお、面接を辞退される場合は
あらかじめご連絡をお願い致します。
◇◇◇◇
「ただいまー」
警部の頼まれ事を終えたドロシーが帰宅する。ドアに吊るされた【Walter's Strange house】と印字された看板がカラカラと音を立て、彼女の帰りを喜んでいるかのようだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
帰宅した彼女をメイドのマリアが出迎える。
メイド服を着用しても目立つ豊かな胸と、スラリとした長身のモデル体型。淡いプラチナ・ブロンドの髪を三編みで纏めた色白の美女。彼女の優しい笑顔を見てドロシーの表情も緩んだ。
「ただいま、マリア」
「今日も大活躍でしたわね、お嬢様」
「そうね、僕としては100点の働きをしたと思うんだけどー」
『あの魔女め、もううんざりだ! 次に会った時はあのアンテナを引っこ抜いてやる!!』
「……」
『ええ、本当に死ぬかと思いました。強盗犯が死んだ時に見せた彼女の顔がもう……』
『奥の部屋からずっと男の悲鳴が聞こえてきたんだ……『やめてくれぇえ』『助けてくれぇえ』って。あの声が今も耳から離れないよ』
「皆には不評みたい」
テレビから聞こえてくるバーニングを始めとする助けられた人達の声にドロシーは何ともバツの悪い顔になった。
そんな彼女を見てマリアは人形のように端麗な顔に愉しそうな笑みを浮かべる。
「ふふふ、そのようですわね」
「何がいけなかったんだろうね?」
「うふふ、私にもさっぱり」
「……それと、いい加減お嬢様じゃなくて社長って呼んでくれない?」
「うふふ、明日から気をつけますわ。お嬢様」
マリアはドロシーのコートをするりと脱がして杖と魔導書を受け取る。
「あら、お嬢様。大事なコートに血が着いてますわ」
「あら、本当。やだなぁ、馬鹿の血だよー。馬鹿が伝染るー」
「ワンピースからも微かに血の匂いが……ふふふ、ティータイムの前にお風呂ですわね」
「……先に紅茶が飲みたいんだけど」
「ふふふ、駄目です。さぁさぁ、早くそのワンピースもお脱ぎになってー」
「わー、やめて! 自分で脱ぐから! 脱ぐからー!!」
玄関で騒ぐドロシーの声が聞こえたのか、ティーカップを持った少女がリビングから顔を出す。
「あら、おかえりなさい。ドリー」
兎によく似た耳をピョコンと揺らし、ツインテールで纏めた雪のように白い髪と同じ色合いのドレスを纏う彼女の姿を見た途端にドロシーの表情はまるで子供のようにあどけないものへと様変わりする。
「ただいま、ルナ」
「ふふふ、お疲れ様。私の可愛いドリー」
ルナと呼ばれた少女はそっとドロシーの額に口づけし、まるで娘に向けるような優しい笑みを浮かべた。
「ところでどうして下着姿なの?」
「マリアが……」
「馬鹿の血で汚れてしまったので、早くお風呂場で洗って差し上げないと」
「いいよ、自分で洗うから」
「それは大変ね、体の隅々まで綺麗に洗ってあげて」
「あれ? ちょっと聞いてた? 自分で」
「うふふ、お任せください。奥様」
マリアはルナを親しみを込めて奥様と呼び、微妙な表情のドロシーを連れて浴場に向かった。
「奥様はやめなさい、マリア」
「ただいま戻りました、奥様」
それから程なくして老執事が戻り、マリアと同じようにルナを奥様と呼んで一礼した。
「奥様はやめなさい、アーサー。ルナでいいわ」
「申し訳ございません、ルナ様。お嬢様はどちらへ?」
「マリアとお風呂に行ったわ」
「左様でございますか」
アーサーは浴場の方にチラリと視線を移し、小さく安堵したかのような溜息を漏らす。
「いつもご苦労様」
「はっはっ、何を仰っしゃります。この程度で音を上げる程、私は耄碌しておりませんぞ?」
「もう70を過ぎたでしょう? 無理はしないの」
「まだ70を過ぎたばかりです。問題ありません」
「ふふふっ……そう。やっぱり貴方は素敵な人ね、アーサー」
老いても尚、凛々しさとドロシーへの忠義を失わない執事をルナは満足げな笑みで称える。
「ですが、お嬢様にはそろそろお相手を見つけて欲しいと思っております」
「あら、貴方も気にしてくれていたのね。嬉しいわ」
「流石にあのお歳で恋愛話の一つも無いようでは、このアーサーも些か心配でございます。お嬢様の花嫁姿をこの眼に焼き付けてから死にたいもので」
「そうね……でも、安心しなさい」
ルナはこれから起きる出来事を見据えているかのような、意味ありげな微笑を浮かべて言った。
「明日にでもお相手が見つかるわ。あの子にピッタリの……素敵な男の子がね」
メイドといえば紅茶ですよね。それも承知しております。