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人と人外の種族を越えた美しいユウジョウ。素晴らしいですよね。
「んー……、また大きくなったりしないわよね……」
店に戻ったランカは疼く胸を擦りながらエントランスに入る。
「うふふ、おかえりなさいませ」
「ひゃああああっ!?」
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまいました?」
「び、ビックリしたぁ……メイドさんかあ」
不意にマリアに声をかけられてランカは大声を上げて驚く。
彼女の反応を見てマリアは思わず満足気な笑みを零す。
「ご無事で何よりですわ」
「ああ……ありがと。でもまだ灯りが多いし、あの子のマンションは目立つ所にあるから流石に襲われないわよ」
「ふふふ、そうですか」
「じゃ、じゃあアタシは部屋に戻るわ……ひゃあっ!?」
マリアは部屋に戻ろうとしたランカを後ろからそっと抱き着き、冷たい指先で首筋を撫でる。
「な、なななっ……!?」
「うふふ、ごめんなさい。綺麗な人だったから」
「え、えええっ!? 待って! アンタってそっちの……!?」
「帰り道には気をつけてね?」
数秒ほど抱き締めた後にマリアはランカを放す。
ランカは顔を赤くして身体を押さえて自分の部屋に駆け込んだ。
「……ふふ、おかえりなさい」
マリアの指先を黒い蛇のような影がしゅるりと這って彼女の袖の中に潜り込む。
ふふふと上機嫌に笑いながらマリアは階段を上がり、ヴァネッサの部屋のドアをコンコンとノックする。
『鍵は掛けてないよ、入りな』
「うふふ、失礼しますわ」
ドアを開けて部屋に入るマリアをバスローブ姿のヴァネッサが迎え入れる。
「……どうだった?」
「ええ、当たりですわね」
マリアはくすくすと笑いながら答える。
「今夜、狙われるのは恐らくランカさんです」
「……」
「そして犯人の正体は……」
「ああ、言わなくてもわかってるよ」
ヴァネッサは赤いソファーに深く凭れ掛かり、憂鬱げに天井を見つめて重すぎる溜息を漏らした。
「もっと早く……アンタに頼めばよかったのにね」
「うふふ、本当は貴女が自分で始末をつけたかったんでしょう? 私に任せてよろしいのですか?」
「ああ、そのつもりだったよ……でもね」
怪我をした腕を擦り、ヴァネッサは襲われた夜を回想する。
「……情けないねぇ。ちょっと可愛がり過ぎちまったよ」
彼女はしっかりと見ていた……暗闇から襲いかかる暗殺者の正体を。
「犯人はね、物凄く驚いていたんだ。まさか襲った相手が変装した私だと思わなかっただろうからね」
「ふふふ」
「……私もそうさ。今まで全く気づけなかったよ、まさかあの子が犯人だったなんてねぇ」
「そうでしょうねぇ、貴女は優しい人ですから」
ヴァネッサは悲しげに目頭を押さえる。
彼女が犯人を倒せなかったのはそういう理由だ。
彼女には決して殺せないのだ。
例え相手が愛する娘達の命を奪った殺人鬼であろうとも
「あはは、あの坊やの言うとおりだ。何を一人で意地張ってるんだか……」
こんな世界に生きていても、この街で女一人で生き抜くだけの力を持っていても、ヴァネッサは優しさを捨てきれない甘すぎる女性だったのだ。
「貴女は本当に変わりませんわね。いつまで経っても優しくて意地っ張りで、泣き虫な女の子のまま……うふふふ」
「……」
「私はそんな貴女が大好きよ」
マリアは深い羨望と憧れ、そして嫉妬が入り混じった複雑な笑顔を彼女に向ける。
「死ぬ時には必ず私を呼んでね? その血を飲み干してあげるから」
「嫌だよ、アンタだけは呼ばない。私の血は一滴たりともやらないさ」
「ふふ……酷いわ。友達じゃないの」
「ははっ、友達だからさ。死ぬ時は綺麗サッパリとお別れしたいんだよ……あの子達みたいにね」
「うふふふ……この部屋にお酒はあるかしら? サトコちゃん」
「あるよ、あの棚から好きなのを選びな。でも次にサトコちゃんと呼んだら灰にするからね?」
そのまま夜が更けるまで、二人はお酒を交えて談笑した。
「……本当に泊まっていかないのかい? 帰るのは朝方でいいじゃないか」
そして午前1時、少し酒気を帯びたヴァネッサは仕事を終えて家に帰ろうとする娘達を呼び止める。
「そうなんだけどさー……」
「アタシね、家に弟を待たせてるのよ……」
「うん、この店も家みたいなもんだけどね? やっぱりー……その」
「そうそう、落ち着けないっていうか?」
レンとランカを含めた四人のホステスが心配するヴァネッサに申し訳無さそうに言う。
「……仇討ちなんてしてもあの娘達は喜ばないよ」
ヴァネッサが切なげな表情で発した言葉にレンは反応する。
「あ、あたし達がそんな物騒な事考えてるわけないじゃん! ねぇ!?」
「そうそうー! 本当にまっすぐ家に帰るから!!」
「ここが家でもいいじゃないか。そんなに住心地が悪いのかい?」
「もう! そういうのじゃないってば! ママは心配しすぎよ! こう見えて自分の身ぐらい自分で守れるってーの!!」
ランカが大きな胸を張ってそんな事を言う。
ヴァネッサは『ああ、やっぱりね』とでも言いたげな顔で悩ましい溜息を吐く。
「……まぁ、止めやしないよ。ただし、当分休みはやらないからね? ママの忠告を無視した罰だ」
「わーかってるって。あたしだってまだまだ稼ぎたいんだから休んでる暇なんてないって! それにー……」
レンは廊下に向かってやや大袈裟に手招きする。
「……ど、どうも」
「今夜のあたし達にはコイツが付いてるから!!」
廊下から重い足取りで現れたスコットの腕をガシッと掴んで彼女は言った。
「しっかりガードしてもらうからね! 責任持って全員を家に送り届けんのよ!!」
「み、皆さんの家は近いんですか?」
「割と近いわよ! 安心しなさい!!」
「じゃあ、行くわよ! もしも殺人鬼が襲いかかってきたら……」
「ブチ殺しなさい! アタシが許す!!」
「むしろ怪しいと思った奴はブチ殺しなさい!!」
ヴァネッサは血気盛んな四人の娘に取り囲まれるスコットに憐憫の眼差しを向けつつ……
「まぁ、この娘達を頼んだよ。ちゃんと守り通したらご褒美をあげるからさ」
彼女達の命運を彼に託し、複雑な心境を抱えながらその背中を見送った。