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「……うっ」
「あ、気がついた?」
強烈な吐き気と頭痛に顔をしかめて起き上がるスコットにレンが声をかける。
窓の外はいつの間にか真っ暗になっており、どうやら長時間気を失っていたようだ。
「……俺、どうなりました?」
「まぁ……うん、頑張ったんじゃない?」
「……そうですか」
レンはスコットの隣に座り、胸を隠しながら彼の顔をチラチラと覗き込む。
「な、何ですか?」
「ううん、アンタって……すっごく酒癖悪いのね」
「え、ひょっとして俺……何かやらかしちゃったんですか!?」
「凄いことやらかしちゃったわよ!!」
荒ぶるスコットの姿を見ていたレンは迫真の表情で言う。
「アンタ途中からヤバかったのよ!? いきなり倒れたと思ったらガバッと起き上がってさ……そしたら急に人が変わったみたいに……!!」
「ちょっ、やめてください! 聞きたくない! 聞きたくないから!!」
「メイなんて豹変したアンタが怖過ぎて泣いちゃったくらいなんだからね!?」
「そこまで!?」
「それとアンタおっぱいが好きすぎよ! みんな酔っ払ったアンタに胸を集中攻撃されて……メイなんて気絶しちゃったんだからね!? トラウマになったらどうしてくれんのよ!!」
「皆の!? 胸を!? 揉んで!? ちょっと何をしたんですか! 俺は一体、何をしたんですかぁー!!?」
彼の意識が飛んでいる間、肉体の方は盛大にやらかしてしまっていたらしい。
「じょ、冗談ですよね? だって俺、お酒飲みすぎると寝込んで大人しくなるタイプで……ちょっと前には」
「うわ、マジで記憶ないんだ。ヤバいわね、アンタ……」
「冗談ですよね!?」
「……写真取ったけど、見る?」
「はぁっ!?」
レンは携帯で撮影した証拠写真をスコットに見せる。
写真には両隣のホステスのたわわな果実を鷲掴みにする彼の姿がバッチリと写し出されていた。
「いや、誰だよコイツ!?」
あまりにも堂々とした清々しいまでのドヤ顔でランカとメイの胸を弄ぶ自分の姿に思わずツッコむ。
他のホステス達は胸を押さえて慄いており、完全におっぱい星人の風格を漂わせているセクハラ男を自分だと受け入れられず、スコットは滝汗をかきながら慌てふためいた。
「アンタだよ!!」
そんなスコットに向けてレンが一言。真面目な顔でツッコミ返した。
「いやいやいやいや、ウソでしょ? おかしいよ!」
「おかしいのはアンタよ!!」
「こ、この後どうなったんですか!? 」
「決まってるでしょ! お酒飲みながら皆の胸を揉んでメイを気絶させて……皆がダウンした後、今度はあたしのところに来てさ……!!」
「嘘だよねぇぇぇぇー!?」
「襲われる前に蹴り倒してやったわ! これがその写真よ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
画面に映る自分の顔を直視できずにスコットは両手で顔を覆う。
「うわー……アンタって、アレなのね。その、何ていうか……」
「何ですか……!」
「頭とカラダが別々になってるタイプとか? 実は胸でしか女の価値を見いだせない男とか??」
「ううっ……!!」
実際に精神が肉体を離れて向こう側に飛んでいた彼はぐうの音も出せないままベッドに蹲った。
ルナに癒やされた影響か、彼のアルコール耐性及び分解力は以前よりも大幅に上がっており、酔い潰れはするが短時間でお酒が抜けてしまう体質となっていた……
(おっぱいって何だよ……! どうして胸だけなんだよ! 確かにキャサリンは胸が大きかったけどさ……! よくその胸で挑発してきたけどさぁ……! そんなに、そんなにキャサリンの胸が忘れられなかったのか! 俺の身体は!!)
それでもこの有様なのだからもう泣くしかない。
スコットはここで再び禁酒の誓いを立て、もう絶対に酒に触れるまいと涙ながらに決意した。
「くそう……! 一体、俺は何をしてるんだ! この店には仕事に来たのに……!!」
「ま、まぁ、あたし達は男と寝るのも仕事だから。むしろいい具合に温まって仕事が捗るから好都合みたいな?」
「……そんな返し方ってあります!? 少しは気にしてくださいよ……!!」
「そう言われても……」
レンは頬を染めて目を逸らし、もじもじとしながら言った。
「アンタに抱かれるの……結構、良かったし?」
「ふぁっ!?」
「アンタに抱かれたのはあたしだけだから……その、ちょっと得した気分……かな?」
「あうぅぅぅぅん!?」
彼女が発した破壊力抜群の一言にスコットのハートは粉砕された。
◇◇◇◇
「うー……」
「ちょっと、メイ大丈夫ー?」
「だ、大丈夫だよ! このくらい……」
時刻は夜の10時過ぎ、メイを後ろに乗せてランカはバイクを走らせていた。
「……あの人、凄かったね」
「あはは、本当ねー。あそこまで執拗に胸を揉まれたのは初めてよー」
「うう、胸だけで気絶しちゃった……自信あったのに……」
「あんなに揉まれたら仕方ないわねー! しかもただ乱暴なだけじゃなくて、結構なテクニシャンだったもんね! メイにはまだ早すぎる相手だったわね!!」
「うううっ……!」
妖怪乳揉み酒乱男に襲われて今日はもう働けなくなったメイを彼女のマンションの前まで送り届ける。
いつもレンが彼女を送っていくのだが、今回はランカがその役を任されたようだ。
「はい、着いたわよ」
「ありがとう、ランカさん」
「大丈夫? 部屋までついて行こうか?」
「いいよ、ここまでで」
メイはバイクを降りてランカに頭を下げる。
「……今夜は気をつけてね、ランカさん」
「あはは、今のアンタに心配されると複雑よ。でもありがとねー」
「また明日、お店で。バイバイ、ランカお姉ちゃん」
可愛い後輩のメイに笑顔で手を振ってランカはバイクを発進させる。
「あっ、さっきあの子にお姉ちゃんって呼ばれたわね。ふふふっ!」
ようやく彼女にお姉ちゃんと呼ばれた事を心から嬉びながら、活気付く夜の歓楽街を走り抜けていった。
「……」
走り去るランカを見送った後、メイはマンションの中に入っていく。
エレベーターのスイッチを押し、ふふふと上機嫌に鼻歌を歌いながら彼女は天井を見る。
「……うん、決めた」
ポーン
彼女が何かを決心したと同時にエレベーターは到着し、ガコンと重い鉄の扉が開く。
「今夜はあの人にしよう」
そう呟いてメイはエレベーターに乗り込む。
そして自分の部屋がある11階のボタンを押し、ゆっくりと閉まる扉を見つめながら壁に凭れかかった。
「好きになっちゃったから、仕方ないよね。好きになったら……これ以上、好きになる前にお別れしないと」
徐々に上がっていくエレベーターの階数を数えながら彼女は自分に言い聞かせる。
「パパよりも好きになっちゃうのは嫌だから」
笑顔でそう呟くメイの瞳に光は無く、ただただ昏い闇だけが広がっていた。
男の頭と下半身は別の生き物だと思ってます。




