21
……気がつけばスコットは見知らぬ部屋のベッドで仰向けになっていた。
「……あれ、此処は……?」
先程まではナイトクラブで飢えた女豹に囲まれて居たというのに。目をギラつかせて襲いかかってきた彼女達の姿は何処へやら。目覚めた部屋にはスコットしか居らず、木漏れ日が漏れる窓からは小鳥の囀りが微かに聞こえるだけだった。
「……んー」
スコットはとりあえず頬を殴る。案の定、痛みはあまり感じない。どうやら夢を見ているようだ。
「……あーあ、情けねえな。寝ちまったのか」
ベッドの上に腰掛けてスコットは大きな溜息を吐く。
「いや、気絶かな。どっちでもいいけどさ……はは」
夢の中にしては妙に意識がハッキリとしている。不思議な夢もあるものだととりあえずは自分を納得させ、スコットは夢の中で思考を巡らせた。
「いやいや駄目だろ。仕事しに来たんだよ? 俺は」
しかしその熟考が導き出した答えは 綺麗なお姉さんに乗せられてお酒を飲み過ぎて気絶 というあんまりなものだった。
「くそぅ……だから酒は嫌いなんだ。それとああいう店で働く女もな……!」
「あーん、ヒドイ! それじゃ あたしのことも本当は嫌いだったっていうの!?」
そんな彼の隣に一人の少女が現れる。
「……」
「……ふふ、なーんて。冗談よ、冗談。本気にしないでね?」
少女の声を聞いた途端、スコットは両手で顔を覆って項垂れる。
彼女が誰なのか、それは姿を見なくともわかる。この声を忘れるはずがないのだから。
「ちょっと、冗談だってばー! ごめんごめん! 謝るから、そんなに凹まないでよー!!」
「……なんで居るんだよ」
「居ちゃいけなかった?」
「……そうじゃなくてだな」
「ふーん……じゃあ、もう帰ったほうがいい?」
「やめてくれよ、頼むから」
「それじゃこういうこと? 夢の中でも会いたくないって言いたいの?」
「違う! 会いたいよ、夢の中でも! でも、会ったら……俺は!!」
スコットの答えを聞いて少女はうふふと笑う。観念したスコットは顔を上げ、わざわざ夢の中にまでからかいに来たキャサリンに苦笑いした。
「相変わらず、お前はいい女だよ。チクショー」
「あはは、ありがと。ブルーは元気? 仲良くしてる?」
「ブルー……ああ、アイツか。最近、少しだけ仲良くなれたような気がするよ」
「あはは、良かったー」
「でも、あんな奴に名前を付けなくてもいいよ、悪魔で十分だ」
「駄目よ、スコットの一番の友達じゃないの。ちゃんと名前を付けてあげなきゃ」
「誰が友達だ! アイツのせいで俺は……」
あの悪魔を一番の友達だというキャサリンにスコットは突っかかろうとするが……
「……」
「んー? 友達でしょー??」
「……いや、そうだな。一番の、友達かもしれない……」
「ふふっ、ようやく認めたわねー」
キャサリンはスコットの頭をよしよしと撫でる。
その優しい感触に懐かしさを感じつつ、あの悪魔の存在を認めつつある自分に乾いた笑いが漏れた。
「で、そっちはどうなんだ」
「ふふふ、あたし? そうねぇー……うふふっ!」
スコットの問いかけにキャサリンは嬉しそうに笑う。
「あたしは天国で皆に自慢してるわ。あたしのダーリンは凄いわよー! 物凄く強くて、悪魔と仲良しで、女にモテモテなんだからーってね!!」
「はっはっ、やめろよー。照れるだろー」
「あはは、もっと自信持ちなさいよ。アンタは大物よ、自分で思ってる以上にね」
「ねぇ、本気で言ってる? 冗談でも怒るよ??」
ニコニコ笑顔でそんな事を言う彼女にスコット迫真の容赦ないノリツッコミが炸裂する。
「うふふふ、冗談じゃないわ。だって、本当の事だものー! あたしのダーリンは最高よ!!」
「ごめん、そろそろ向こうに戻るわ。ちょっと耐えられねえわ」
「ええー、ひどーい!」
彼女が本当にキャサリンかは定かではないが、夢の中とはいえあの世で己の自慢話をしていると聞かされては流石に堪える。
(ここまで愛されてるのに俺は……俺は……)
今でも彼女に愛されているのは幸福なことだが、こうして夢を見ている理由があまりにも情けなくて心が耐えられない。死んでまで会いたかった女に背を向けて夢から覚めるには十分な理由であった。
「相変わらずスコットは照れ屋さんね」
「……悪いな、照れ屋で!」
「うふふ、そうね。スコットはお仕事中だもの、そろそろ起こしてあげないと」
「……それ以上言うな。頼むから」
「うん、言わない。あたしが死んだ時以上に泣かれたくないもの」
キャサリンは足をブラブラさせ、またそんな意地悪な事を言う。
スコットは彼女の顔を見ないままベッドから立ち上がり、ため息混じりに頭を掻いた。
「あのドアを開けたら、目が覚めるかな」
「どうかしら? アンタが本気で目覚めたいと思ってるなら 覚めるんじゃない??」
「……」
「だって、此処はアンタの夢だもの」
「それじゃ、やっぱり今のキャサリンも夢でしかないのか」
「ふふ、そうかもね。それもアンタが決めなさい」
「……そうするよ」
スコットはそう言って振り向かずに部屋のドアに手をかけて目を覚まそうとする……
「ああ、そうそうー」
「何だよ」
「あの子にもよろしく言っておいて。あたしは貴女も応援してるわよーって」
「……は?」
「うふふ、あたしはあっちじゃお嫁さんにはなれなかったけど。まだあっちに居るあの子は良いお嫁さんになれるから」
「何の話だよ?」
「うふふふっ、惚けちゃってぇー」
漸くこちらを振り向いたスコットを見て満足そうに笑うと、キャサリンは言った。
「ドロシーちゃんのことが気になってるんでしょ? 最近のアンタの頭の中、いつもあの子の事で一杯よ??」
その名前にスコットが顔を真赤にして何かを言おうとした途端、部屋のドアはガタンと音を立ててひとりでに開いた……