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「ただいま戻りました、お嬢様」
スコットとマリアをヴァネッサの店に残して老執事が帰還する。
「おかえり、アーサー」
長年付き従ってきた執事が戻ってきたというのに、ドロシーの反応はどこか素っ気ないものだった。
「ふふふ、おかえりなさい」
「……」
「おや、どうかなさいましたか? お嬢様」
「別に?」
ちびちびと紅茶を啜りながら誰かの帰りを待ち侘びるお嬢様の姿に老執事はほっこりとする。
スコットが来てからドロシーは順調に乙女化が進んでおり、既にリンボ・シティを震撼させる魔女の貫禄は失われている。
仕事となれば相変わらずの魔女っぷりを発揮するものの、家の中ではこの有様である。
「依頼はまだ終わりそうにないのー?」
「ええ、相手の正体が掴めないと解決のしようがありませんので……あの二人には泊まり込みで頑張って貰うしかありませんな」
「そう……それじゃ仕方ないわね」
ドロシーはテーブルに紅茶を置き、真剣な表情で言う。
「とりあえずスコッツ君だけでも連れ戻してきてくれない?」
「お嬢様、お気を確かに」
真顔でスコットを連れ戻してと宣う彼女に老執事は真顔でツッコミを入れた。
「彼はまだ仕事中ですぞ」
「マリアがいれば大丈夫よ。新人君にいきなり泊まり込みの依頼はハードルが高いわ、迎えに行ってあげて」
「大丈夫です、彼は必ずやり遂げるでしょう。そこまで軟な新人ではありません」
「それじゃ、僕をヴァネッサの店に連れて行きなさい。三人でかかればすぐ解決よ」
「そういう問題ではございません」
「アーサー、これは命令よ」
「ドリー、落ち着きなさい」
ルナはヴァネッサの店に突入しようとするドロシーの手を取って自分の方に抱き寄せる。
「ルナ、放して? スコッツ君を迎えに行かなきゃ」
「駄目よ、ここはスコット君を信用しないと。彼はドリーの前で『任せてください』と言ったでしょう?」
「うっ……」
「ドリーは彼の言葉が信じられないの?」
ドロシーの脳裏に過去最高に男前なキメ顔で『大丈夫です。任せてください』と宣言するスコットの姿が浮かび上がる。
「で、でもでもっ」
「スコット君は攫われたドリーを助けた凄い子なのよ?」
「ううっ……!」
「それもあのヒュプノシアに倒してまで。きっと彼も早く仕事を終わらせてこの家に帰りたいと思っているわ」
ついでにヒュプノシアをワンパンで粉砕したスコットの雄姿も浮かび上がる。
「うぐぐぐっ……!」
「貴女がすべき事は、彼の帰りを信じて待つこと。そして帰ってきた彼を笑顔で迎えてあげることよ」
ルナは顔を真赤にしながらぷるぷると震えるドロシーの頭を優しく撫でながら言った。
「……ずるいよ、そんなこと言われたら待つしかないじゃない」
いつも家で待たせている義母の言葉を受け、ドロシーは悔しそうに彼女に凭れ掛かる。
「ふふふ、寂しい時こそ私を頼りなさい。癒やしてあげるから」
「やだー、癒やされるとこの気持ちを忘れちゃうもの。スコッツ君にぶつけるまで我慢するー」
「うふふふっ」
スコットや他の者が居ないからこそ拝めるドロシーの大変いじらしい姿を存分に堪能し、老執事はキャラ崩壊レベルの満足気な笑顔を浮かべて至福の一時を享受していた。
◇◇◇◇
「え、えーと」
一方、ヴァネッサのお遊び部屋に残されたスコットはインナー姿で顔面蒼白になりながらプレイルームのベッドで正座していた。
「うん、身体は凄いわね……合格よ」
「わー、着痩せするタイプなのね……アンタ」
「ちょっと腕触ってもいい? 大丈夫、触るだけだから!」
「顔は結構可愛いのに体は凄いのねー、うふふっ!」
「あ、あのー! ちょっとレンさーん! ちょっ、これどういう事ですか!?」
そんな彼に迫るホステス達。状況が理解できないスコットは部屋の隅で一人そわそわしているレンに説明を求める。
「レンさーん!?」
「んーと……そう、あたしにも良くわからないっていうか! あたしはあんまり関係ないっていうか!!」
「嘘つけ!!」
「ちょっとー! レンばっかり見てるんじゃないわよ!!」
「そうそう、あたし達もこの店で働くホステスなのよ!?」
「わ、わたし、初めてだけど頑張るから! お姉ちゃんにも負けないよ!!」
「駄目よ、メイ! アンタはお酒とお喋りまで!!」
「ちょっと言ってる意味がわかりませんよ! こんな大勢で取り囲んで……一体、俺をどうする気なんですか!?」
「そんなの決まってんでしょうが!!」
先頭に立つランカが豊かなバストをブルンと揺らしながら声高らかに宣言する。
「これから全員でアンタを接待してあげるわ!」
「ファッ!?」
「ここがアンタの桃源郷だよぉ!」
「まだお酒は飲めるわね!? 答えは聞いてないけど!!」
「大丈夫、お金は取らないから!」
「途中で酔い潰れても安心しなさい! 悪いようにはしないから!!」
ランカの言葉と共にホステスの目つきが変わる。
そしてお酒の入ったグラスを片手に一斉に突撃し、哀れなスコットは為すすべもなくヴァネッサ自慢のバカ娘達に捕まってしまった。
「あわわわわわわわわっ!」
「ねーねー、アンタってウォルターズ・ストレンジハウスの人なのよね?」
「レンには身体見せたのよね? ちょっとシャツだけ脱いでみてくれないー?」
「ウォルターズ・ストレンジハウスの社長ってあのドロシー・バーキンスでしょ? 悪い噂ばっかりだけど、実際はどんな人なの??」
「あ、あのね、お兄ちゃん! わたし、こう見えて胸大きいの! それにもうすぐ15歳だから……子供じゃないよね!!」
スコットは何処を向いても美女だらけという刺激的な状況に心は容易く折れ、両手に持たされたグラスにはドポドポとアルコール度数高めのお酒が注がれる。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! 俺もうお酒飲めないからぁ!!」
「えー、嘘ー! 本当はまだ飲めるでしょー!」
ランカはグラスに注いだウイスキーを口に含み、スコットにキスして強引に飲ませる。
「────ッ!?」
「……ぷはっ。どう? これならまだまだ飲めるでしょう?」
「ゲホッゲホッ! いや、いやいや!!」
「はーい、じゃあ次は私ー!」
「その次はアタシー!!」
「ちょっ、待っ……あびゃああああああああああああああ!!」
部屋に響き渡る男の悲鳴。飢えた女豹の群れに捕らわれたマルチーズの末路は、それはそれは壮絶なものだった。