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クリスマスには紅茶です。一杯の温かい紅茶こそクリスマスを楽しむ秘訣です。
「もう夕方ですわね。日が暮れる前に対策を練りましょうか」
「何かいい手はあるのかい?」
「そうですね、まずは」
「あの、マリアさん」
マリアがヴァネッサと今夜も現れるであろう殺人鬼への対策を講じようとした時にスコットが話しかける。
「あら、どうかしましたの?」
「この店の人を襲う殺人鬼について……何かわかりましたか?」
「いいえ、何も。ですので少し体を張って尻尾を掴もうと思ってますのよ」
「体を張って……?」
「ええ、これは私くらいにしか出来ない仕事ですから。スコット君は店の子の護衛をお願いしますわね」
「……護衛ですか」
「万が一、この店の中に殺人鬼が侵入してきた場合に備えてね」
彼女達の護衛を任されたスコットは気を引き締める。
「……」
だが、気が引き締まった彼にここで一つの疑問が生まれた。
「あの、ヴァネッサさん。一つ聞きたいんですけど」
「何だい?」
「被害者は全員店の外で襲われたんですか?」
「ああ、そうだよ。店の周囲に怪しいやつが現れてもすぐにわかるからね……殺害現場はどれも店から少し離れた場所さ」
「それならこの店から皆を出さなきゃ、誰も襲われずに済むんじゃ……」
「そうして欲しいのは山々なんだけどねぇ……」
ヴァネッサは何とも遣り切れない様子で困った笑みを浮かべる。
「出ないように言っても勝手に店を出てしまうそうですわ」
「何で!?」
「家に親兄弟を待たせてたり、男に呼び出されたり、遊びに出かけたり……と理由は色々さ」
「いやいや、外に出たら危ないって事ぐらいわかるでしょ!? それで襲われたらただの……」
「馬鹿な娘だろう? その通りさ、うちの娘はいい子だけど頭は良くないんだよ」
彼女が悲しそうに漏らした一言がスコットに衝撃を与える。
「小さい頃に死ぬような思いをしすぎたのか、それとも私が可愛がりすぎたせいかね。『今日死ぬかもしれない』って危機感が持てないみたいなのさ」
「そ、そんな」
「むしろいつ死ぬかわからないからこそ、我慢しないで今やりたい事をする。例えそれで死んじまってもね」
「……」
「私が、まだ子供だったあの娘達にそう教えちまったんだ……」
正気じゃない……スコットはそう思わずにいられなかった。
仲間が殺されているのに、自分が襲われるのに外に出る馬鹿がいるか。
自分から死ににいくようなものだ。どうしてそんな事もわからないのか。
それとも、わかっていても外に出てしまうのか。
「まぁ、殺された子の仇討ちもあっただろうね。ああ見えてチンピラじゃ束になっても相手にならないくらいに強い娘達だったからねぇ……」
「それで、自分が死んだら……」
「ええ、とんだ死に損ですわ。それが10人にもなるとただの喜劇ですわね」
「ちょ、ちょっとマリアさん!?」
「あっはっは! その通りさ、笑うしかないよ。困った娘達だよねぇ!!」
ヴァネッサは顔を押さえて大声で笑う。
「……きっと、今日も誰かが店を出ちゃうんだろうね。私が止めてもさ」
「……ふざけんなよ」
「スコット君?」
「……ふざけんな、おい。ふざけるなよ……!」
「……」
「死ぬのが怖くない女がいてたまるか。仇討ちなんて考える女がいてたまるか。それで、それで殺されても……それでもいいやなんて……そんな馬鹿な女がいてたまるか!!」
込み上げる感情がついに抑えきれなくなったスコットは激情する。
「人生は一度きりだ、死んだらもうそれでオシマイなんだ! 何でそれがわからないんだよ!!」
珍しく声を荒げるスコットの姿にマリアは目を丸くする。
ヴァネッサも彼の言葉に黙って耳を傾けていた。
「……アンタにあの子達の何がわかるんだい? じゃあアンタは死んでいった娘達よりも自分は賢い男だとでも言いたいのかい??」
「……!」
「聞いた話だとアンタは外の世界から来たらしいけど……この街の女に外の常識は通用しないよ?」
ここでヴァネッサはスコットに顔を近づけ、その瞳をジッと見つめながら言う。
「……常識とか関係ありませんよ。俺はただ、死んでもいいやなんて考える奴が嫌いなだけです」
「どうしてだい? アンタには関係ないじゃないか。あの子達は」
「関係あるんですよ、だって……!」
そうやって死んでしまった彼女を思い出してしまうから。
自分が死ぬことを恐れていない。
むしろやりたい事をして死ねるなら、死ぬ前に願いが叶うならそれでいいと考えている……最後の最後までその考えを捨てきれずに死んだキャサリンという女性を嫌でも思い出してしまうから。
「……そういう奴ほど、笑顔で死んじまうんだ。死んでるのに……何処か満足そうなんだよ!」
スコットは身体を切り刻まれて首だけになっても、あんな明るい笑顔を見せたエマの姿も回想して更に気分を悪くしていく。
「……」
「笑って死ぬような女が、いてたまるか……!」
「はっはっ、面白いこという坊やだねぇ」
ヴァネッサは激情に突き動かされるまま言葉を吐き出すスコットの頬をそっと撫でる。
苦悩に歪んだその顔を見て彼が味わった絶望を感じ取り、何とも複雑な表情になる。
「勘違いするんじゃないよ。あの子達だって望んで殺された訳じゃないんだ……悔しくない訳がないんだよ」
「……!」
「だからきっちりとケジメはつけさせてもらうよ。ウチの娘に手を出したお馬鹿さんにね」
そう言い残してヴァネッサは階段を上がっていく。
スコットは頬に残る温もりと、肌で感じた震える指の感触に思わず自分の手を重ねて彼女の背中を見送った。
「うふふふふっ」
マリアはそんな彼の姿を眺めながら実に満足そうな笑顔を浮かべていた。
「な、何ですか?」
「いいえ、何も。ただ……」
「?」
「……ふふふ、ごめんなさい。何でもありませんわ」
「えっ?」
「それでは、スコット君はあの子たちをお願いしますわね」
そう言ってマリアもヴァネッサの部屋に向かう。
意味深な沈黙と言葉を残して階段を上がる彼女を少しの間見つめた後で、ふと後ろを振り返ると……
「「「……」」」
まるで獲物を狙っているかのような妖しい目つきでこちらを見つめる雌豹達の姿があった。
「うおっ! な、何ですか!?」
「いやー、別にー?」
「何でもないよー?」
「ただねー」
「ちょっとねー」
「あたし達にもアンタの事を教えてくれない?」
「……へ?」
スコットが身の危険を感じた時には既に遅かった。