18
「……あれ? どうしたんですか??」
ニコライが立ち去った後にスコットが部屋から出てくる。
タイミングの悪い時に来てしまった彼にレン含めたヴァネッサの娘達は微妙な視線を向ける。
「な、何です?」
「別にー? たださぁ……」
「出てくるなもう少し早く来てくれない?」
「え、えっ?」
「何ていうか、うん。萎えたわね」
「うーん、どうしようかなー」
「今はそんな気分になれないよね。アイツの顔見ちゃったし」
ホステス達は溜息をつきながら各々に用意された部屋に戻っていく。
「……あの、俺、何か悪いことしました?」
「ううん、別に? ただ皆、嫌なもの見ちゃったからね」
「嫌なもの……?」
「ニコライって奴よ。知らない? この近くにある【クラブ・フィリサティ】っていう大きな風俗店のオーナー……ママのライバルね」
「……ニコライ」
その名前を聞いてスコットの表情が変わった。
「知り合い?」
「……さぁ、わかりません。ただ同じジュニアハイスクールに居た嫌な奴の兄貴がそんな名前でしたね」
「マジで? どんな奴?」
「悪い人じゃ無かったですよ。かなりのやり手で色んな人達に慕われてましたし」
「じゃあ別人ね」
「……ただ」
嫌な思い出を回想し、スコットは顔を歪める。
「ソイツの弟はクソ野郎でした」
明らかに雰囲気が変わった彼にレンは驚く。
その目には暗い絶望が滲み、先程までの弱々しくも純粋な瞳とはまるで違うものだった。
「……そ、そうなんだ」
「まぁ、俺の知ってるニコライは外の世界の人間です。此処には来てないと思います」
「……」
「どうかしました?」
「ううん、別に……。まぁ、そのニコライって奴が前々からウチの店にちょっかいを出してるのよ。ママとこの店を寄越せってさ」
レンはスコットの過去に触れないように気をつけながら話を戻す。
「買収ですか?」
「ううん、本人が言うには経営統合だってさ。この店やママが仕切ってる幾つかの飲食店も全面的に援助してくれるそうよ」
「聞いてる分には悪くない話に思えますけどね……」
「でもね、あたしらはアイツが大嫌いなのよ」
そう吐き捨てるレンの表情は暗く、ニコライへの嫌悪の気持ちに溢れていた。
「アイツね、人身売買に手を出してるのよ。まだ幼い捨て子も商品にしてね」
「……」
「店で働いてるのもそんな子ばかり。ウチの子も似たようなものだけど……その扱いは全然違う。向こうの店の子は体中を弄くり回されて子供も出来ないわ」
「……酷いですね」
「あはは、そうね。でもああするのが普通なのかもしれないわね、あたし達みたいな捨て子に愛情注ぐママがおかしいのよ……」
レンは濁った目でそんな事を言う。
スコットはその一言で彼女がどんな幼少期を過ごしてきたのかが窺い知れた。
「……その男の手下がこの店の人を襲ってるとかは?」
「有り得そうね。でも、ママは違うっていうのよ……アイツは悪党だけど外道じゃないってね」
「……」
「あの二人がどんな関係なのかは知らないけど、ちょっと甘すぎよねぇ……」
ここで初めてヴァネッサへの不満を漏らす。
「……ごめん、聞かなかったことにして」
「いいですよ、俺もそう思いますから」
「……そう」
「じゃあ、俺はマリアさんと少し話してきます」
「あ、うん」
スコットの後ろ姿を見つめてレンはギュッと手を握る。
最初はあんなに頼りなく見えた男の背中が、不思議と今ではとても大きく見えるようなっていた。
◇◇◇◇
「……全く、強情な女だ」
帰りの車の中でニコライはボヤく。
「どうしますか?」
「いいさ、向こうがその気なら折れるまで続ける。あの女が手に入ればそれでいいからな」
ニコライは携帯電話を取り出して何者かに連絡を取る。
「今夜も頼むよ。だが、遊びすぎるなよ? あまり苦しませないようにしろ……ああ、愛してるよ」
ヴァネッサの娘を襲っていたのはニコライの手のかかった者だった。
「……少しやり過ぎなのでは? ここまでしなくとも」
「あの女はここまでしないと折れないし何も学ばない。女一人で生きていけるほどこの世界は優しくないとな」
「……」
「俺の弟もそうだった。俺を頼っていれば……あんな死に方をせずに済んだのにな」
ヴァネッサはニコライという男を見誤っていた。
彼女が知るのは一年前までの彼だ。弟を失い、その後を追うように父親も他界した今の彼にもう甘さは残っていなかった。
家族を失った彼はただの悪党ではなく、既に外道に堕ちていたのだ。
「……」
「何だ、まだ言いたいことでもあるのか?」
「い、いえ……何でもありません」
「まぁ、黙って見ていろ。あの女は必ず俺のものになる」
窓から覗く街並みを眺めながらそう呟くニコライの瞳に光は無く、ただ後悔と執着だけが宿っていた。
「ふふふふっ」
「あら、今日はやけに上機嫌ね」
「そうー?」
メイと同じ部屋で寛いでいたホステスが上機嫌な彼女に声をかける。
「今日は誰にしようかなって考えてたの」
「あー、なるほど。いいわねー、アンタは人気者で」
「ふふふっ、お姉ちゃん達が色々教えてくれたお陰だよ」
「そりゃーもう! アンタが可愛いからお姉ちゃん達は張り切っちゃうわよー! でもプレイルームはまだ駄目よ? アンタには早いわ」
「えっ、そんなことないよ! もうわたしだってお姉ちゃんみたいに一人で男の人のお相手出来るよ! ランカさんより上手くやれる自信あるから!!」
「なんですってー!」
可愛い顔して生意気なことを言うみんなの妹を彼女は強めに抱き締める。
「ひゃああー、ランカさんやめてー!」
「やめなーい、ていうかそろそろランカお姉ちゃんって呼びなさいよー。レンばっかりずるいわよー!」
「うふふふっ! まだ呼ばなーい!」
ガチャッ
「あ、お姉ちゃん!」
メイとランカの部屋にレンが入ってくる。
「あの人どうだった?」
「え、あー……そうね。60点てところかしら」
「結構高評価じゃないの! レンのその点数はアタシ達の80点くらいよ!?」
「いや、流石にそれは言い過ぎよ!? そこまでじゃなかったから!」
「そ、そうなんだ。ちょっと後で話しかけてみようかな」
「こらー、メイも本気にしないー!」
珍しく顔を赤くして動揺するレンを見てメイとランカは更にスコットへの関心を強める。
「……」
「……」
「な、何よ?」
「ちょっと用事があるからアタシ出ていくね!」
「あ、待って! わたしも!!」
「コラ、待ちなさい! アンタら!!」
ガタン!
「話は聞かせてもらったわよ!」
「あの男、結構いい感じなんですって!?」
「ちょっ、アンタ達まで!? いやいや、そこまでじゃないって!!」
そこに聞き耳を立てていたホステス達も加わり、状況は益々面倒くさい方向に発展していった……