17
年の差カップルは素敵だと思います。紅茶がとても似合いますよね。
「……ふふっ、結構やるじゃないの」
ベッドの上で満足気に微笑むレンに背を向けながらスコットはぐったりしていた。
「……ど、どうも」
「童貞じゃないのは、本当だったのね。思ったより」
「……やめてください、お願いします」
「わかってるわよ、二人の秘密でしょ?」
「……本当にお願いします」
「それとさっきのはお酒の所為って事でね?」
レンは空になったウイスキーの瓶を揺らしながら満足気に笑った。
(……ああ、くそう! 一体、俺は何をしてるんだ! 社長に仕事を任されて来たのに……!!)
結局あのまま押し倒され、ヒミツのお遊びタイム に突入してしまったスコットは目頭を押さえる。
お酒に飲まれ、彼女にも圧され、あまりの自己嫌悪で酔いも急激に冷めてしまった今の心境は正に生き地獄だった。
(畜生、畜生! レンさん凄く上手だった! 凄く気持ちよかった! 畜生、久し振りに女の子の身体を抱き締めちゃったよ!!)
自然と込み上がってくる涙を堪え、先程の事は胸の奥に仕舞っておこうと固く心に誓った。
「ねぇ、スコット」
(ああ、いつの間にか普通に名前を呼ばれるようになっちゃってる!)
「スコットはさ、家庭持つのに興味ある?」
(ストレートにヤバい事言い出してきたよ、この人! レンさんて意外と惚れやすいタイプか!?)
「あたしは興味あるなー」
「ぶふぅっ!?」
ついに堪えきれなくなったスコットは盛大に吹き出してしまった。
「あー、安心して? 別にアンタと持ちたいってわけじゃないから」
「あ、そうですか……」
「ガッカリした?」
「いえ、その……」
「あははー、あたしにも何となくアンタの扱い方がわかってきたかも」
意地悪そうに笑うレンに誰かの姿を幻視しながら、スコットは顔を赤くする。
「……まぁ、当分先の話だけどね」
レンはベッドから降りて脱いだ衣服を着直す。
スコットも複雑な心境を抱えながら服を着て魂が抜けるような大きな溜息を吐いた
「じゃあ、あたしはママの所に行くから。アンタはここで休んでてもいいよ?」
「……やめてください」
「ふふふ」
レンがドアを開けて外に出ると、ホステス達が険呑な顔つきで部屋の前に集まっていた。
「ん? どうしたの、皆?」
「いやね、例の奴が来たのよ……」
「例の奴って……まさか」
「そう、近くの大きな店を仕切ってるいけ好かない奴よ……」
彼女達の目線の先。廊下を抜けた先のエントランスに立つのは黒いスーツを着こなした長身の男。
「やぁ、ヴァネッサ。久し振りだな、元気だったか? 君が何者かに襲われたと聞いて心配になってね」
「ああ、久し振りだねぇ。わざわざアンタが心配して来てくれるなんて今日は素敵な日だよ、ニコライ」
厭味ったらしい態度でそんな台詞を吐く彼にヴァネッサは笑って言い返した。
「最近、君の店の娘が何人も襲われたそうじゃないか。死んでしまった娘も居るんだって?」
「襲われた娘は全員死んだよ。助かったのは私だけさ」
「それはすまなかった、お悔やみを言うよ」
「やめな、アンタにお悔やみを言われるとあの娘らが起きちゃうじゃないか。せっかく長い休みが取れたんだ、あのまま寝かしてやっておくれ」
「ははっ、そうか。気をつけないとな」
ニコライの姿を見ている内にレンの表情も険しくなる。
他のホステスもあからさまにあの男を嫌っており、出来ることなら殺してやりたいとすら考えていた。
「……やっぱり、アイツの手下だよね。皆を殺した犯人は」
「しっ、言葉に出すんじゃないよ!」
「で、でも、アイツが嫌なヤツなのは確かだけど……流石にそこまでするかな?」
「アイツならやりかねないよ、性根腐りきったクソ野郎だからね……!」
ニコライは14番街区にある大型風俗店のオーナーでヴァネッサと同じくセカンドソーリンエリアの店を取り仕切るボスの一人だ。
従業員を娘や家族のように可愛がっている彼女とは対照的に部下達への対応は厳しく、良くも悪くも暴力と金が物を言う世界の住人らしい男である。
「それで、わざわざお悔やみの為だけに来たわけじゃないだろう? ミスター・ニコライ」
「察しが良いな、流石はマダム・ヴァネッサ」
「要件は何だい?」
「前々から話していることだよ、マダム」
ニコライはヴァネッサの店内をぐるりと見回し、ニヤリと挑発的に笑いながら言う。
「お前と、お前の店で働く娘達を手に入れたい」
「嫌だと言ったら?」
「言わせないさ」
ヴァネッサの手を取ってその甘い香りを軽く嗅ぎ、物欲しそうな顔で彼女の瞳を見つめる。
「私は必ずお前を手に入れる。お前は、もうすぐ私の女になる」
「はっ、何度同じことを言わせる気だい? いい加減に諦めなよ、小僧」
「何度同じことを言われてもだ。諦めるものか、その為に私はこの地位まで上り詰めたのだから」
「その熱意と執念は認めるけどねえ、私はアンタが」
ニコライはヴァネッサを抱き寄せてその唇を奪う。
ヴァネッサは僅かに目を細め、諦めの悪いニコライの頬にそっと触れた。
「……ッ」
数秒の接吻の後、ニコライはヴァネッサを離す。
彼の口からは赤い血が滴り、その様を見て彼女は不敵に笑う。
「……酷いな」
「いい加減に学習しな。次は下唇切られるだけじゃ済まないよ?」
「いいや、次はちゃんとしたキスをするさ。お前の方から望んでな」
ハンカチで口を抑えながらニコライは身を翻して店を出ようとする。
だが、数歩歩いた所で立ち止まり……
「お前こそいい加減に意地を張るのはやめろ。女一人で店を守れるほど、この世界は甘くない」
「はっ、誰に向かって言ってるんだい? 私を本当に唯の女だと思ってるなら……後悔するよ??」
「さて、後悔するのはどちらだろうな?」
そう言い残して去っていく彼の背中を見つめながら、ヴァネッサはそっと唇に触れた。
「……全く、困った奴だよ」
「うふふ、そちらも相変わらず……と言ったところですわね?」
「はっはっ、本当だね。私もアンタらを悪く言えないよ」
物陰から二人の会話を聞いていたマリアが彼女に声をかける。
「よろしいのですか? 彼を問いたださなくても」
「いいのさ、アイツは悪党だけど外道じゃあないよ……アイツがまだ私が覚えている通りの男ならね」
「うふふふ」
「何だい? その顔は」
「いいえ、何でもありませんわ」
険悪でも無ければ良好とも言えない二人の微妙な関係に既視感を覚えつつも、マリアは敢えて何も言わない事にした。