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「……アンタさ、好きな子とかいるの?」
薄っすらと酒気を帯び、頬を赤くしたレンがそんな事を言いだした。
「……いますよ、一応は」
彼女のはだけた胸元を見ないように気をつけながらスコットは呟く。
少し前の 痛々しい経験 からお酒は飲まないと誓ったスコットだが、気がつけば話し上手に誘い上手なレンに釣られてそこそこのアルコールを摂取していた。
(……やばい、頭がくらっとしてきた! これ以上飲んだら……!!)
このままお酒を飲めば間違いなく飲まれる。
それだけは全力で避けなければならないが、レンは中々スコットを解放しようとしない。
「どんな子?」
「な、何でそんな事聞くんですか……」
「気になったから……て言ったら怒る?」
お酒が回ったレンは遠慮ナシに聞いてくる。
スコットの傷だらけの体を見て、数十分程お酒を交えながら会話しただけだが彼女は彼がそれなりに気に入ったようだ。
「……まぁ、明るい子ですよ。明るくて、笑顔が素敵で……」
「ふぅん……」
「……レンさんみたいな子です」
スコットは顔を抑えながら正直に白状し、レンはあははと満更でもないように笑う。
「あはは、そうなんだ」
「でもすぐ拗ねるし、不機嫌になると口調が荒くなって……」
「わー」
「それで、その……元々大胆な子なんですが、ムッとするともっと大胆になるんです」
「まるであたしの話をされてるみたいね」
「ええ、彼女を思い出しましたよ。顔は似てないし、体つきも大分違いましたが」
「……」
だが、余計な一言でカチンと来たレンはスコットの頭を強めに小突いた。
「痛っ!」
「悪かったわね、貧相な体つきで!」
「誰もそんなこと言ってませんよ!? レンさんもその、凄く綺麗ですし!!」
「当たり前じゃないの、身体も売り物の一つなんだから!」
「……まぁ、その……彼女もレンさんと同じような仕事をしてたんですよ」
「えっ」
「彼女はホステスじゃなくて、身体が売り物の娼婦でしたが」
レンは目を丸くする。スコットは何とも言えない表情で振り向き、彼女を見つめながら言う。
「……それを知ったのは彼女と付き合い始めて少し経ってからでしたけどね」
そう言って頭を掻く彼の哀愁漂う姿にレンの胸がほんの少し高鳴った。
「さ、さっきの事は出来れば秘密にしてくださいね? えーと……その、頼みます」
「その子とはまだ付き合ってるの?」
真剣な表情でそんな台詞を吐くレンにスコットは瞠目する。
最初は誂っているのかと思ったが、彼女の目を見ればわかった。その言葉は本気だと。
「……ははっ、もう彼女は居ませんよ。俺を置いて遠い所に行ってしまいました」
「……そっか。それじゃ」
「すみません。その言葉は受け取れません」
「ははっ、まだ何も言ってないんだけどー?」
「すみません、本当……勘弁してください」
ここでスコットは立ち上がり、頭を掻きながら辛そうに返事をする。
彼の反応で『これは無理そうね』と察したレンはそれ以上何も言わずにグラスを置き、はだけたシャツのボタンを留めなおす。
「ねぇ、どうしてその子と別れたの?」
「……」
「……聞いちゃ駄目だった? ごめん」
「ははっ、本当に……彼女とそっくりだ。レンさんは」
スコットは力無く笑う。お酒が回って彼女の面影をレンに重ねてしまった彼は、最後に残った大切なモノを振り払うように言葉を絞り出した。
「別れたんじゃない、居なくなったんだ。彼女は一年前、俺の目の前で死んだ」
「あっ……ご、ごめん」
「俺は、守れなかったんです。絶対に守ると約束したのに……」
「……」
「はははは……すみません。こんなこと言っちゃ駄目ですよね、余計不安にさせちゃいますね」
スコットは自分の顔をバシバシと叩き、気を入れ直してレンの方を見る。
「すみません……今の話も忘れてください。俺は貴女を絶対に守ります。絶対に」
守れなかった女の話をした後でそんな事を宣う。
あまりにも痛々しい彼の姿にレンは思わず笑ってしまう。
「……あははっ、アンタってさ。何だか……アレね」
「何ですか?」
「本当に大物だわ。ママの言った通り、とんでもない奴よ」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「バーカ、褒めてないわ。心底呆れてんのよ」
レンはスコットの表情と言葉で察した。
彼の弱気な態度はただの仮面だ、彼はわざと誰かに嫌われようとしている。
わざと自信を持たないようにしている。
わざと強気にならないよう自分を抑えている……
もう一度、自分を信じてしまわないように、誰かを好きになってしまわないように。
(アンタみたいに不器用で生きづらそうな男に会うのは初めてよ……)
レンはそんなスコットについてもっと知りたくなってしまった。
彼女の好みのタイプは『傷のついた男』、『どこか陰のある男』……そして『背中を支えてあげたくなる男』
「そ、そうですか……」
「ねぇ、アンタの名前……スコットだっけ?」
「あ、はい。そうです」
「ねぇ、スコット」
「?」
この部屋に連れ込むまでは何とも思っていなかった相手が、実はその全てを満たす理想の男性だったのだから。
「アンタ、童貞じゃないのよね?」
「えっ?」
「それも確かめさせてもらってもいい?」
レンは留めたはずのボタンを再び外し、呆気にとられるスコットに迫った……
◇◇◇◇
「んぎゅー……」
一仕事終えてウォルターズ・ストレンジハウスのリビングに戻ったドロシーは社長らしからぬ怠けた表情でテーブルに突っ伏していた。
「あらあら、どうしたのドリー?」
「スコッツ君は、まだ帰ってこないのかなー」
「そうみたいね。よっぽど難事件なのかしら」
「うーっ」
「でも、マリア達がついているから心配要らないわ。すぐに」
>ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ<
ドロシーの携帯のバイブが激しく唸る。頭のアンテナをぴょんと立てて彼女はいそいそと電話に出た。
「もしもし、僕だよ」
『お嬢様、私です』
「もう終わったの? それじゃあ戻ってきなさいアーサー」
『いえ、実はまだ時間がかかりそうです。今回の相手は中々の曲者のようでして……』
「……あ、そうなんだ。ふーん」
『ですので、マリアさんとスコット様をヴァネッサ様の店に預けて一旦そちらに戻ります』
老執事が発した言葉にドロシーは大きな瞳を更に大きく見開く。
「えっ、二人を置いてくるの? どうして?」
『どうしてと言われましても。依頼を達成するまで全員撤収するわけにもいきませんし』
「……」
『彼なら心配要りません。必ずこの依頼を見事達成するでしょう』
「……そうね、わかった。貴方は家に戻りなさい」
ドロシーは通話を切ってソファーに深く腰掛ける。
「どうしたの?」
「スコッツ君達はあの店に置いてくるって」
「あらあら」
「……」
足をぶらぶらと揺らしてドロシーは天井を見つめる。
何やら妙な胸騒ぎを覚えつつも、社長としてスコットを送り出した以上は依頼達成するまで帰還させる訳にもいかない。
しかも依頼人の前であんな大見得を切ってしまっているのだ……ここで二人を呼び戻すのは色々と不味い。
「……僕もついて行けば良かったかな」
「うふふ、どうかしらね」
「お義母様はどう思う?」
「私はドリーが選んだ方が正解だと思うわよ?」
意地悪な返答をするルナに顔を膨らませながら、ドロシーは今朝の選択を少しだけ後悔した。
ちなみに社長はここがどういうお店か知っています。