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「お待たせ致しました、カレーライスとメロンソーダです!」
スコットが目のやり場に困っている間に注文した料理が届けられる。
「ど、どうも」
「ごゆっくりどうぞ~!」
誘惑するようにウィンクするバニーガールにドギマギしながらスコットはカレーを口に運ぶ。
「如何ですかな?」
「……味がわかりません」
「おやおや、困りましたな。ここの料理は中々に美味しいのですが」
「お待たせしました、アイスティー……げっ!」
アイスティーを届けに来たバニーガールは老執事を見て顔をしかめた。
「な、何でアンタがここに来てんのよ!?」
「たまたまお仕事で近くに来ていたもので。挨拶ついでに美味しい紅茶でも頂こうかと思いまして」
「来んなよ! 凄い困るから!!」
「え、知り合いなんですか?」
淡い紫の髪をお団子ヘアで纏めた眼鏡のバニーガールは恥ずかしそうに身体を隠す。
スラッとした脚とスレンダーな体型が刺激的な彼女を直視できずにスコットは思わず目を逸らす。
「ええ、この方はリョーコ様。社長のお友達です」
「こら、その名前を言うな! ぶっ殺すぞ!?」
「は、はぁ……」
「そして、彼がスコッツ様。噂の新人君ですよ」
「別に聞いてないよ! ああもー、さっさと飯食って帰りなさいよ!!」
「まぁまぁ、そう仰らずに。これも何かの縁です、少しお話をしましょう」
「はぁ!?」
チャリンチャリーン
此処で老執事は机に置いてあったハンドベルを鳴らす。
「ちょっ、待っ!」
「ハーイ、ご指名入りましたー! ナナコちゃんは13番の席のお客様が帰るまで、その方専属のバニーちゃんになりますー!!」
「あぁぁぁー!」
カウンター席のリーダー兎が弾ける笑顔で言った。
リョーコの胸元のチョーカーに13の数字が表示され、彼女は涙目で頭を抱える。
「え、何!? 何が起きたんですか!?」
「ううっ、このクソジジイ……! 後でドタマに鉛玉ブチ込んでやるからね……!!」
「ははは、それは困ります。チップは弾みますのでどうぞお座りください」
老執事は隣の空いたスペースをポンと叩き、恥じらうリョーコを席に座らせる。
「何してるんですか、執事さん!?」
老執事らしからぬ暴挙にスコットは真顔でツッコんだ。
「いえ、せっかく友人に会えましたのでお話でもしようかと」
「いやいやいや!」
「ううっ……! 見ないでよ! そんな目でワタシを見ないで!!」
「えっ、あっ!? す、すみません……!」
「はっはっ、スコッツ様は純粋ですな」
比較的常識人だと思っていた老執事の予想外すぎる生臭ぶりに彼はドン引きする。
「おや、スコッツ様。せっかくのカレーライスが冷めてしまいますぞ?」
「食えるかい!!」
「うぐぐ、今日は厄日だわ!」
「まぁ、そう言わずに。ああ、すみません……彼女に 苺ジャム入りアップルジュース を一つ」
「ハァーイ! 苺ジャム入りアップルジュースですね! すぐにお持ちしますー!!」
「執事さぁぁーん!?」
老執事は隣に座るリョーコの為に苺ジャム入りアップルジュースを注文する。
「……あれ? そんなメニューありますか?」
「……ああもう、マジで最悪。益々アンタが嫌いになったわ」
「まぁまぁ、そう仰らずに」
ここでスコットは執事が注文したドリンクがメニュー表に載っていない事に気付く。
リョーコの雰囲気もガラリと変わり、眼鏡を外して気怠げに頬杖をついた。
「はい、苺ジャム入りアップルジュースです! ごゆっくりどうぞ~!」
「……で、何が知りたいの?」
そしてリョーコは届けられたドリンクに一口つけ、老執事を睨みながら言った。
「ヴァネッサ様の店周辺で起きている連続殺人事件について。何か知っていますか?」
老執事は今日の依頼である殺人事件についてリョーコに聞く。
「……え?」
「やっぱりその事ね」
「お気づきでしたか」
「それ以外の理由で来たらブッ殺してやるところだったわよ」
「ええと、執事さん? 彼女は事件の目撃者ですか?」
「いえ、違います。ですが困った時は彼女に聞くと大体何とかなるのですよ」
老執事が笑顔で発した一言にリョーコは小さく舌打ちする。
「……知ってるも何も、目撃者が居ないのに知りようがないわ。襲われた子から聞き出すしかないわね」
「それも駄目だった場合のお話が聞きたいのです」
「はー……そうねぇ」
ドリンクにもう一口つけ、リョーコは悩ましい溜息を吐く。
「襲われているのはヴァネッサの店で働くホステスだけ。中でもヴァネッサとの付き合いが長い子ばかりよ。他の店の子には徹底して手を出さないわ」
「ふむ」
「女の子だけどその辺のチンピラに殺られるようなタマじゃないわ。特にアニタとケイはそこそこの異能が使えるからね。あのヴァネッサが怪我をしたっていうのも問題よ」
「でしょうな」
「つまり、犯人はそんな子達が手も足も出ずに殺られちゃうような手練……もしくは一瞬でも警戒を解いてしまう相手って事になるわね」
「なるほどなるほど」
「まず、夜目が利くヴァネッサが相手の顔を見てないって時点で怪しいもんよね」
リョーコは淡々と話し続ける。老執事は彼女の話を笑顔で聞き、スコットは耳を傾けながら冷めかけたカレーライスを黙々と食べていた。
「そんな調子で女一人が何十年もこの街で生きていけるわけないでしょ」
「でしょうな」
「……ということは、殺人鬼の正体はヴァネッサが動揺して殺し損なうような相手。もしくはあの女が殺せない相手ってところかしらね」
ドリンクが入ったグラスをコトンと置き、リョーコは核心を着くような事を呟いた。
「後は本当にヴァネッサにも手に負えないような化け物……ということになるわね」
「今日も有力な情報をありがとうございました。これはほんの気持ちです、受け取ってください」
「はっ、こんなの商品にならないわよ。確証になるものもないしね」
「そんな事はありません。十分な収穫でございます」
代金を兼ねたチップを置いた老執事は席を立ってリョーコに深々と頭を下げるが、彼女は素っ気ない態度でシッシッと追い払う。
「さぁ、そろそろ戻りましょうか。スコット様」
「えっ? まだカレーが……」
「半分ほど食べられたようですので十分でしょう」
「はっ!? ちょっと待ってくださいよ! 執事さん!!」
「ほら、さっさと行きなさいスコット・オーランド。置いていかれるわよ」
「ああ、くそっ……! あ、リョーコさんありがとうございました!!」
スコットはリョーコが名乗ってもいないフルネームを自然と口にした事に気付かぬまま、勢いよく頭を下げて店を出ていった。
「ありがとうございましたー! また来てくださいね!!」
「……期待の新人君ねぇ。とてもそうには見えないけど」
残されたチップから料理代金を引いた400L$を胸元にしまい、リョーコも席を立った。