10
「どうだい? 収穫はあったかい?」
「十人に話をお聞きしましたが、これといって犯人の手掛かりになるものは得られませんでしたわ」
地下室で被害者達に聞き込みをしていたマリアは残念そうに答えた。
「……そうかい」
「皆さんの話に共通しているのは犯人は襲う前に必ず背後から話しかけてくる、一人で夜道を歩いている子を狙う、暗闇に紛れるような黒い衣装に身を包んでいた……という事ですね」
「私が襲われた時と同じだね」
「それと、人間の身体を簡単に切り刻める程に鋭利な刃物を所持していることでしょうか」
マリアは最後に話を聞いた十人目にそっと布を被せる。
「……一人くらいはまた男を抱きたいって言わなかったのかい?」
「いいえ、一人もいませんでしたわ。感覚がないのに男を抱かれてもつまらないですって……」
「……そうかい」
「それに、死体のまま動き回るなんて絶対に嫌だそうです」
「まぁ……そうだろうね」
誰一人として死人として復活することを望まなかったと聞かされ、ヴァネッサは寂しそうな表情を浮かべた。
「アニタも駄目だったのかい? あの子はアンタみたいな身体に憧れてたじゃないか」
「ええ、実際に死んでみると考えが変わったようですわ。向こうでお友達が待ってるから……と」
「ジータは? あの子はお得意様がいるから少しくらいは動きたいと言いそうなんだけどね」
「死人にまで貢ぐようなお方はちょっと嫌ですって。それにもう子供が産めないので彼に合わせる顔もないと」
「……エマは?」
「あの子が一番、あっさりと死を受け入れましたわ。貴女のようになりたいのに歳を取らないままなんて嫌だそうです」
「ふふっ、全くあの娘たちは。お別れを言う時間くらいくれたっていいじゃないか」
ヴァネッサは別れの挨拶もせずに旅立ってしまった娘達を見つめながら呟く。
「………はっ、本当にみんな行っちまったのかい。恩知らずな子達だよ」
一人くらいは返事をしてくれる事を僅かに期待したが、彼女達が再び喋りだす事は無かった。
「私も『別れの挨拶くらいはどうですか』と聞いたのですが、全員が『嫌だ』と返しましたわ」
「酷いねぇ、本当に」
「もう一度、貴女の顔を見たら死ねなくなるから……と言っておりました」
「あっはっは! 何だい、そりゃあ。別にいいじゃないか、それで生き返ってくれたらさ……」
ヴァネッサは思わず目頭を押さえる。
此処で眠る被害者は皆が身寄りのない捨て子、もしくは異界門から吐き出された異界の迷子だ。
ヴァネッサに拾われ、この店で育てられる内に彼女に憧れて自らホステスになり、そして挨拶も無しに逝ってしまった親不孝者……それがこの被害者達なのだ。
「……どいつもこいつも、私の気持ちも知らないで勝手に逝っちまうなんてねぇ……」
ヴァネッサの店で働く女性はそんな娘達ばかりである。
「また、呼び起こしましょうか?」
「……やめな、そんな事されると私は本気でアンタを消しちまうよ。冗談でも言わないでおくれ」
「うふふ、ごめんなさい」
「まぁ、つまりはアンタでも手掛かりは殆ど掴めなかったわけだ。困ったねぇ」
「ですわねぇ、困りましたわ。お嬢様には早めに終わらせて帰りますとお伝えしていたのですが……」
マリアは小さく溜息を吐いて立ち上がる。
「仕方ありませんね、ここは犯人が動き出すまで待ってみましょうか」
「いいのかい?」
「受けたお仕事はキチンと解決しないと。それにあの新人君だけを置いていく訳にもいきませんしね」
「ふふ、そうかい。それじゃアンタ達用に特別な部屋を用意するよ、欲しい物があれば遠慮せずに言っておくれ」
「うふふ、それではお言葉に甘えて……可愛い子の新鮮な血液を少し分けて頂けますか?」
「はっはっ、うちの子はみんな可愛いから悩むよ」
ヴァネッサは苦笑いしながら地上に続く階段を登る。マリアは安らかに眠る十人の娘達に深く頭を下げ……
「……ご協力ありがとうございました。後は私達に任せて、ゆっくりとおやすみなさい」
そう言い残してマリアも地下室を後にした。
◇◇◇◇
「……」
「さぁさ、ご遠慮なさらず。お好きなものを注文して頂いて結構ですよ」
「……じゃあ、このカレーライスを」
「ドリンクは宜しいのですか?」
「……メロンソーダで」
「かしこまりました。ああ、すみません。ご注文をお願いしたいのですが」
「ハーイ! ご注文は何ですかー?」
アーサーに連れてこられたのは刺激的なバニーガール姿の女性達が店内を徘徊する妖しいお店。
見るからに危険な香りが漂う店だが、これでもちゃんとした飲食店なのだという。
「カレーライスと特製メロンソーダ。私はアイスティーを一つ」
「ハーイ、ご注文承りましたー!」
「あの、執事さん? 何ですか、この店??」
「バニーハウス・アルテリア。この辺りでは有名なお店でございます」
「いや、名前が聞きたいんじゃないんですよ。何なんですか、この店!? 昼間っから何でこんなところに連れてきてるんですか!!」
「何でと言われましても、ここの食事が美味しいのでご案内したのですが。何か問題でも?」
「大問題だよ!!」
豊満な美女にスレンダーな美少女、果ては男とも女とも付かない中性的なバニー達が笑顔で料理を運ぶ店内でスコットは大声で叫んだ。
「そもそも俺達は仕事で……!」
「お客様、店内はお静かにお願い致しますー」
「アッハイ……すみません」
だが笑顔が眩しい巨乳のバニーガールに注意され、スコットは顔を真赤にしながら黙り込む。
老執事はそんな彼の反応を『期待通り』とでも言いたげな笑顔で満足気に眺めていた。