6
30分後、老執事の車が14番街区にある店の前に停車する。
「あたし達の城へようこそ! さぁ、入って入ってー!!」
レンは上機嫌にスコット達を歓迎する。
ここに着くまで30分間ひたすら弄られたスコットはやつれ果て、これからが本番だと言うのに既に満身創痍になっていた。
「どうかしましたの?」
「……いえ、何でも」
スコットを心配しているのか、それとも煽っているのか。
マリアはニコニコ笑顔で声をかける。
「……早く帰りたい」
「そうですね、早く終わらせて帰りましょう。お嬢様が心配していますわ」
「……終わったらそのまま部屋に帰っていいですかね?」
「うふふ、終わったらお嬢様に報告するのが先ですわよ?」
「……デスヨネ」
スコットはやつれた顔を叩いて鳴けなしの気合いを入れてから店内に足を踏み入れる。
「何してんのよ、早く来なさいよー!」
「どーも、お邪魔します」
今回の依頼者が働くのは【ヴァネッサのお遊び部屋】というこの辺りでは有名な大型ナイトクラブだ。
マダム・ヴァネッサと呼ばれる元娼婦が取り仕切る店で、働いている女性の大多数は異人。
「あ、おかえりー。あら、そのコが例の?」
個性豊かなホステス達とお酒を飲みながらお喋りして過ごすのがメインの楽しみ方だが、元娼婦が経営する店だけあって気に入ったホステスにチップを払って ヒミツのお遊び を楽しむ事も可能。
毎週水曜日と土曜日には特別ナイトショーも披露される。
「えー、全然イメージと違うわ!」
「でしょー? 何だか頼りないよね!」
「大丈夫なのー!?」
「駄目だと思うー!」
「駄目じゃないの!!」
レンは仲の良いホステス達と早速話し合う。
彼女達から見てもスコットは頼りなく見えるようで、入店してから僅か3分で彼に対する評価は『頼りない奴』に固定された。
「レンー、ママが呼んでるわよ。その人達も一緒に連れてきてってさ」
「あ、はいはーい。じゃあ、ママの所に案内するわね」
「そういえばママって誰ですか?」
「ヴァネッサ様の事ですわ。この店の経営者で、この辺りのお店を取り仕切るボスの一人です」
「……わぉ」
マリアの説明を聞いてスコットは厳つい女性をイメージする。
ここはリンボ・シティ、それもあの13番街区に隣接する歓楽街と来た。そんな場所のボス格となればそれはもう恐ろしい女性だろうと……
「よく来てくれたね、私がヴァネッサ……この娘達のママさ。女の子とお酒くらいしか出せないけど歓迎するよ。ようこそ、あたしの城へ」
レンに案内された大部屋でヴァネッサに出会ったスコットは驚愕した。
艷のある黒髪をハーフアップで纏めたヘアスタイル。
東洋系の美しい顔立ちに魅惑的な唇の右下でアクセントになっている小さなほくろ。
胸元が大きく開いたドレスが映える豊満で女性的なプロポーション。
(……凄く綺麗な人だな)
怪我をした右腕を包帯で巻いた姿すら美しく思える、正しく絶世の美女と呼ぶに相応しい彼女の容姿にスコットはたじろぐ。
「お久しぶりです、ヴァネッサ様」
「ああ、お久しぶり。アンタはいつ見ても綺麗なままだねぇ、20年前から全然変わってないよ」
「うふふ、ヴァネッサ様こそ。歳を重ねるごとに綺麗になって……羨ましいですわ」
「あはは、こっちはもういい歳だよ。アーサーは元気かい?」
「ええ、そこそこ。毒を盛りたいくらいには元気ですわ」
「あっはっは、相変わらずだねぇ。アンタ達は」
ヴァネッサはマリアとまるで長らく交流のある友人のように語り合う。
「し、知り合いですか?」
「ええ、彼女とは長い付き合いになりますわ。お嬢様程ではありませんが」
「へぇ……」
「で、アンタが噂の新人君かい?」
「あ、はじめまして。スコットです……宜しくお願いします」
「ふぅん……」
手にしたパイプを置いて高級そうな赤いソファーから立ち上がり、ヴァネッサはスコットに近づく。
「な、なんですか……?」
「なるほどねぇ……」
「ねー、ママも頼りないって思うでしょ? 皆もちょっと不安だって」
「ふふふ、アンタ達はそう思うかい」
「す、すみません。でも、俺は」
スコットが何かを言おうとした瞬間にヴァネッサは彼の唇を奪う。
「あらあら」
「~~~っ!?」
「ええっ!? ちょっと! ママ、何してるの!?」
「ん~、ちゅっ……」
「ちょまぁぁぁっ! 何、何するんですか!>」
「ふふふ、悪いねぇ。イイ男だったからつい……」
「はぁ!?」
艶かしく唇をぺろりと舐め、スコットの頬に触れながらヴァネッサはくくくと笑う。
「……凄い子を連れてきたね、レン。コイツは大物だよ」
「えっ!?」
今の濃厚な口づけで何かを察したのか、呆気にとられるレンにヴァネッサはそう言った。
「何処が!? あたしには全然、凄そうに見えないんだけど!!?」
「まだまだだねぇ。もっと男を見る目を磨かないと駄目だよ? アンタもこの商売長いんだからさ、身体だけじゃなくて中身も鍛えな」
「ううっ……! 中身って言われてもわかんないわよ! あたしはあんまり頭良くないんだから!!」
「そこをわかるようになるんだね。ママからの宿題だよ」
顔を膨らませるレンを誂うように笑いながらヴァネッサはソファーに戻る。
「……殺られた娘は下に寝かせてるよ」
「触っても宜しいのですか?」
「アンタに触らせないと始まらないだろう? 早く埋めてやりたいんだ、さっさとあの子達から犯人について聞き出しておくれ」
「ふふふ、了解ですわ」
「さ、触る? 聞き出す?」
「その前に聞いておきたいのですが、貴女は本当に犯人の姿を見ていないのですね?」
ヴァネッサは数秒ほど意味深な沈黙を貫いた後、マリアの目を見つめながら答えた。
「……ああ、顔は見てないよ。真っ暗だったし、全身を黒いマントみたいな服で包んでたからね」
「うふふ、わかりました。それではその子達に聞かせていただきますわね」
「え、マリアさん? 何処へ?」
「ほら、アンタもついて行きな。仕事しに来たんだろう? ボーッと突っ立ってるんじゃないよ」
「え、あ……すみません」
スコットはヴァネッサに頭を下げてマリアの後を追いかける。
レンはそんな彼の姿を怪訝そうな顔で見つめていた。
「……やっぱり、あたしには頼りない奴に見えるんだけど。童貞っぽいし」
「はー、情けないねぇこの娘は。相手が童貞かそうでないかくらい見ただけでわかるようになりなよ」
「いや、あれで童貞卒業してたらそれこそ駄目でしょ。抱かれた女が可哀想よ」
「あははっ、身体は大きくなっても中身は生意気なガキから成長しないねぇ。アンタを抱く男が可哀想だよ」
「な、何でよー!?」