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「ご、5000L$ですか?」
要求された額にレンは動揺する。
「相手によってはもっと上がるよ? 払えるかしら?」
「い、いえ……大丈夫です! 必ずお支払いします……!!」
「ふふふ、それじゃあ契約成立ね。貴女のトラブルは僕達が責任持って解決します」
ドロシーはパンと手を叩いてレンの依頼を承諾する。
「それじゃあ、早速向かって貰おうかしら。今日はスコット君とマリア……お願いね」
「えっ!?」
「うふふ、かしこまりましたわ」
「お、俺ですか……!?」
「そう、君よ。何か問題でもあるの?」
いきなり指名されてスコットは動揺するが、ドロシーは動揺する彼を見てニヤつきながら言った
。
その表情は期待半分誂い半分といった調子で、いきなり仕事を振られた彼がどんな反応をするのかを楽しむのが目的だったようだ。
「……いえ、大丈夫です。任せてください」
そんなドロシーのムカつく笑顔にカチンときてスコットは姿勢を正してその役を引き受けた。
「ええ、期待してるわ。アーサー、送ってあげて」
「かしこまりました、社長」
「よ、よろしくお願いします……」
レンはスコットに頭を下げる。今まで誰かに頼られる機会など殆ど無かった彼はどう返せば良いのかわからず……
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします、頑張ります」
若干腰を引かせながらぎこちなく頭を下げた。
「なー、ドリーちゃん。本当にいいのかー?」
スコット達が家を出た後でアルマはドロシーに質問する。
「いいのよ、いい経験になるから」
「オレも心配ですよ。スコットはこういう仕事初めてでしょ? しかもあのマリアさんとコンビを組ませるなんて……」
「何だ、デイジー。お前も非童貞が心配なのか?」
「え! べ、別に……」
デイジーは目を泳がせる。素直になれない彼の反応にアルマはくくくと笑い、ルナもふふふと微笑んだ。
「まぁ、あの二人は結構相性良いよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、相性は良いと思うわ。ああ見えてマリアはスコット君を気に入っているから」
「……」
マリアが気に入っている。ルナが発したその言葉にデイジーは鳥肌が立った。
彼女は優しくて笑顔が素敵なメイドだが何処か陰があり、話しかけられても本能的に避けてしまう。
別に嫌いというわけではないのだが思わず背筋がゾッとしてしまうような得体の知れない気味悪さがマリアには渦巻いているのだ。
「何だ、デイジー。ひょっとして非童貞が気になるの?」
「え、いや、違います」
「まーまー、隠さなくていいよ? アイツは命の恩人だもんな? デイジーちゃんの乙女心を刺激するには十分な男だと思うよー??」
「か、勘違いしないでくださいよ! オレは別にあんなヤツのことなんて全然気になってませんよ! 第一、オレは男だし!!」
「んじゃー、もしあの非童貞がマリアに襲われたら?」
「えっ!!」
アルマの何気ない呟きにデイジーはビクリと反応した。
顔を赤くし、大きな目を丸めて動揺する彼の姿に三人は全員が同じことを思った。
(可愛い)
(可愛い……)
(可愛いなぁ、もー!)
本人が気づかぬまま徐々に乙女化が進んでいくデイジーを見ながらアルマは実に満足気に笑った。
「……」
「……」
アーサーの運転する車の中でスコットは気まずい雰囲気になっていた。
(やっべー、何て話しかければいいんだろ)
依頼人とどう接すればいいのかわからずに額にじわじわと汗を浮かばせる。
普段はうるさいくらいにツッコミが冴える彼だが、本質的にはあまり人付き合いは得意ではないのだ。
「……えーと、スコットさんでしたっけ」
「は、はい! 何ですか!?」
「い、いえ……別に何でも……」
「あ、そうですか……」
名前を呼ばれただけで声が上ずる体たらく。隣に座るマリアも思わず口を抑えてしまう。
「……」
「……」
「……ふふっ!」
そんな彼を黙って見つめる内に限界が来たのか、思わずレンは笑い出した。
「あはははっ! ねぇ、本当に貴方で大丈夫ー? 凄く不安なんだけど!!」
「えっ!?」
急に砕けた口調になる彼女にスコットは驚く。
「ママはあの子にお願いしたら安心って言ってたけどさー、正直すっっごい不安よ!」
「そ、そうですか……すみません」
「ほらー、この反応! 全然、駄目じゃない! よくこれで『任せてください(キリッ)』なんて言えたわねー!!」
「うふふふ、仰るとおりですわね。頼りないですわー」
「マ、マリアさん!?」
「ねー!? メイドさんもそう思うでしょ!!」
ドロシーを前にした事による緊張からあのような口調になっていただけで、本来の彼女はこのように活発でお喋りな性格のようだ。
緊張すると饒舌になるスコットとは真逆である。
「だ、大丈夫ですよ! ちゃんと貴女を守れますから!!」
「無理無理、絶対無理よ! 顔見たらわかるもの、アンタは絶対肝心な時に駄目になるタイプー!!」
「そんなことないですって! 俺は」
「うふふ、逆ですわ。むしろ彼は肝心な時しか役に立たないタイプですの。本当に追い詰められないと駄目な子なのですわー」
「え、やだー! あたし、そういうタイプの方が嫌い! 一緒に居て一番疲れるタイプじゃない!!」
「う、ううっ……そこまで言わなくても!」
「うふふふ、私は嫌いじゃないですわよ? 普段の情けなさが見ていて滑稽ですから小動物的な愛らしさを感じますのよ。貴女もすぐにわかりますわ」
「やだー、わかりたくないわ。どうせなら見ていて安心出来る人に来てほしかったー!!」
「うううっ……!」
一瞬で打ち解けたレンとマリアに挟まれ、これでもかと弄り倒されるスコットの姿をルームミラーで見守りながら老執事は車を走らせた。
男を知った女は強し。