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「皆様、紅茶が入りましたわ」
時刻は午前10時。ウォルターズ・ストレンジハウスに出社、もとい連行されたスコット含めたファミリー達に紅茶が振る舞われる。
「うふふ、今日の紅茶はお嬢様の大好きなあの店のものですわ」
「わーい、ありがとう」
「……どーも」
「うふふ、熱いのでお気をつけて」
「ありがとう、マリア。今日も美味しそうね」
「うふふ、光栄ですわ」
「あたしはコーラがいいな。コーラくれ」
「うふふ、傷つきますわぁ」
「あ、ありがとうございます」
「うふふ、デイジーちゃんのものは燃料入りの特別製ですわ」
スコットは紅茶に一口つけて重い溜息を吐く。
その長く重苦しい息はまるで今日一日の生命力を丸ごと吐き出しているかのようだった。
「どうしたの、スコッツ君? 何か嫌なことでもあった?」
諸悪の根源にそんな事を言われてスコットの表情は引き攣る。
スコットの隣に座るデイジーは彼の顔を見て何かを悟り、その肩をポンと叩いた。
「……わかるよ、スコット。辛いよな」
「……わかってくれますか、デイジーさん」
「慣れろ、それしかない。社長に気に入られた以上は受け入れるしかないんだよ……あの寝起きドッキリに」
「受け入れられる気がしません……」
「うん、そうだろうね。でも受け入れないと余計にぐいぐい来るよ、あの社長」
かつてはよく被害に遭っていたデイジーはスコットにアドバイスする。
最近はドロシーにベッドの中に潜り込まれる事は少なくなったが、代わりにアルマが突撃してくるようになったという。
「そんなに嫌そうな顔しなくても……」
二人の会話を聞いていたドロシーはしょんぼりとした顔になる。
「え、あ……すみませ」
(騙されるなよ、スコット。社長があの顔になった時は危険だ……今夜も潜り込んでくるぞ)
「……!?」
脳内に直接響いてきたデイジーの声。思わず彼の顔を見るが、デイジーは目を逸らして知らんぷりを決め込む。
「……」
「ふふ、ドリーはまだ一人だとベッドで寝れないのよね」
「ちょっとルナ君ー? それは言わない約束でしょ?」
「なー、可愛いよなー。おねーちゃんの部屋に来ていいんだよ、ドリーちゃん」
「やだー、アルマ先生は寝相が悪いもの」
「社長、俺の部屋には」
「うん、今夜もスコッツ君の部屋にお邪魔しようかなって」
「来ないでって言いたいんですよ! 最後まで聞いてくださいよ!!!」
今夜もベッドに忍び込む気満々のドロシーにスコットは突っかかる。
「はっはっ、スコット様は恥ずかしがり屋ですな」
「執事さんも止めてくださいよ! 何で社長が男の部屋に行こうとしてるのにそんな笑顔なの!?」
「スコット様のお部屋ですからな、安心安全です」
スコットに『ドロシーを襲う根性などない』と確信しているのか、それとも『手を出しても全然OK!』と思っているのか。
老執事はとても爽やかな笑顔で言い放った。
「クソァ! 絶対に俺の部屋には入れませんよ! バリケードを作って侵入を」
カラン、カラーン
不意に聞こえた軽やかなベルの音。
「あ、来たわね。ちょっと皆、悪いけど机を空けて。アーサー、お客様を出迎えて。マリアは片付けをお願い」
「え?」
「かしこまりました、お嬢様」
「うふふ、そういえばそうでした。うっかりしてましたわぁ」
ドロシーはパンパンと手を叩いて使用人達に言う。
アーサーは玄関に向かい、マリアは鮮やかな手付きで机を片付ける。
「え、何ですか? お客様?」
「あれ、今日依頼人が来るんですか? 聞いてなかったけど」
「あたしも知らなかった」
「ごめーん、言い忘れてた。許して?」
「うん、許す!」
ドロシーは依頼人が会社を訪れるのを社員に伝え忘れていた事を猫なで声で謝罪する。
アルマは弾ける笑顔のサムズ・アップで許すが、スコットとデイジーは内心で苛ついていた。
「……よ、よろしくお願いします」
訪れてきた依頼人は明るい茶髪の髪をショートボブで纏めた異人の女性。
片方に大きな傷がある獣のような耳と短い尻尾があり、美人揃いなストレンジハウスの女性陣と見比べても遜色ない整った顔立ちをしていた。
「そんなに緊張しなくていいよ、リラックスしなさい」
「は、はい……ごめんなさい」
「うふふ、紅茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ドロシーは依頼人の目を見つめて小さく笑う。
「貴女のお名前はレンでいいのね?」
「は、はい。私はレン……それがフルネームです」
「13番街区のすぐ隣にある14番街区セカンド・ソーリンエリアのヴァネッサのお店で働いている子ね?」
「……はい」
セカンド・ソーリンエリアとは1番街区にある有名な歓楽街を真似て作られた異人向けの歓楽街。
映画館や劇場などが立ち並ぶ活気ある場所だが、多くの娼館が並ぶ風俗街としても有名だ。
「……」
「そんな顔しないでも大丈夫よ。僕は依頼人がどんなところで働いているかなんて気にしないわ」
「……ありがとうございます」
「それじゃあ、聞かせてくれる? 貴女は僕たちに何をお願いしたいの?」
「……私たちを、助けて欲しいんです。恐ろしい殺人鬼から……」
レンはグッと唇を噛んだ後、震える声で言った。
「殺人鬼?」
「……数日前から、仕事仲間が何人も殺されてるんです。全身を切り刻まれて……!」
「酷いことをするわね……」
「あらあらあら、怖いですわぁ」
「襲われるのは私たちのお店の子だけで、他の店からは被害者が出ていません。先日、ついにママも襲撃を受けて……右腕に大怪我を」
「あのヴァネッサが怪我? それは一大事ね……」
ここでドロシーの表情が変わる。
「はい……ママは大した怪我じゃないと言っていましたが」
「犯人の顔は? ヴァネッサからはその殺人鬼の姿や特徴を教えてもらった?」
「……いえ、その殺人鬼はいつも深夜に現れて……ママも暗闇に紛れて姿はよく見えなかったと」
「なるほどね」
「お願いです……私たちを、助けてください! 報酬は……出来る限りの額を用意します!!」
レンはギュッと手を握り、目に涙を浮かべながら懇願する。
ドロシーは暫く口に手を当てて考える素振りを見せた後、チラリとスコットの顔を見て……
「その依頼、引き受けるわ。報酬は5000L$……後払いでね」
不敵な笑みを浮かべながらドロシーは彼女の願いを聞き届けた。