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ちなみに紅茶は朝~午後までに飲むのが一番です。
「……い、一体何が……!?」
「趣味の悪い乗り物が銀行に突っ込んでいったな」
「どうしてそんなに冷静なんですか、警部! 俺たちも轢かれかけたんですよ!?」
銀行内からドロシーの声が聞こえた瞬間、彼女のキャリーバッグが腕の生えた大型車に変身。
リュークが状況を理解する前に腕の生えた怪物車はフルスロットルで猛進し、猛獣のような雄叫びを上げながら荘厳なエントランスを派手にブチ抜いていった。
「はっはっは、相変わらずハマー君は元気一杯ですな」
目と鼻の先を怪物が通り過ぎたと言うのに笑顔と余裕を崩さない老執事がリュークの精神を更に追い込んでいく。
「あ、あんなのが突っ込んだら人質が……」
「……いや、人質は無事だ」
「え? あっ……」
銀行から人質達が焦燥しきった様子でふらつきながら出てくる。
「ほら、行くぞ! ボーッとするな!!」
「あっ……はい!」
「お前たちも来い! ここで良い格好見せないと、また税金泥棒だの陰口を言われるぞ!?」
警官達は急ぎ人質の所に向かう。警部は腫れた頬を不機嫌そうにハンカチで抑えるバーニィに声をかけた。
「バーニング代表、ご無事でしたか!」
「何処が無事だ! 死にかけたぞ!?」
「元気そうで何よりです。この先に救急車を待たせておりますので、そちらへ」
「全く……あの女に関わると碌な事にならない! 昔からそうだ!!」
「同感ですね。私も身に沁みてそう思います……」
バーニィ改め、被害に遭ったバーニング・ブレイブ銀行代表取締役のバーニング氏含めた人質が待機していた救急隊員に保護される。
警部は悪態を付きながらもこちらに手を振る彼を見て安堵の溜息をついた。
「……ふぅ」
「やぁ、警部。終わったよー」
そして一仕事終えて満足気に帰還したドロシーの頭を強めに叩く。
「いたーい」
「無茶しやがって! この状況でアレを呼び出すとか正気か!?」
「仕方ないじゃない、ああでもしなきゃバーニィは殺されてたんだもの」
「そのせいでバーニィは死にかけたとか言ってたぞ!?」
怒鳴る警部から目を逸らし、『うるさいなぁ』と小言を漏らす。そんなドロシーに拳骨の一発でも食らわせようかと考えたが、彼は何とか堪えた。
「……だが協力は感謝するよ、クソヴィッチ」
「あはは、素直じゃないわねー」
「……」
「それじゃあまたね、警部。後始末は任せたよ」
「……おい、待て。強盗犯はどうした?」
立ち去ろうとするドロシーに警部は問いかける。彼女は『ああ、そうそう』と態とらしく呟き、くるりと振り向いた。
「全員、死んだよ。五人は不純物多めのトマトケチャップに、二人はこの子の餌になったわ」
ドロシーはコートから血痕のついた魔導書を取り出して警部に渡す。
「……おい、この血は」
「聞かないほうが良いよ。魔導書は後で管理局に届けるなり、警察署に持ち帰るなりお好きにどうぞ」
「待て、こんなもの俺に渡されても困る。そっちで処分してくれ」
「いいの? このまま貰っちゃうよ?」
「魔法の道具は嫌いなんだよ、誰かさんのせいでな!」
警部は問題の魔導書の処分をドロシーに丸投げする。
本来なら警察側で回収して異常管理局に届けるべきだが、大の魔法嫌いである彼は血塗れの魔導書など受け取りたくもなかったのだ。
「魔法の道具は便利だよ?」
「だから嫌いなんだよ。使い方を覚えるだけで、ああいう馬鹿が調子に乗るからな」
「あはは、それは道具が悪いんじゃなくて調子に乗る馬鹿が悪いのよ」
そう言い残してドロシーは警部と別れる。ニュース報道陣のカメラに笑顔でピースサインを送り、彼女の帰りを待つ老執事の所へ戻っていった。
「警部、彼女は一体……何者なんですか?」
リュークは複雑な表情で彼女を見送る警部に聞く。
「……アイツの名前はドロシー。ドロシー・バーキンス」
「はっ?」
「だから、アイツがドロシー・バーキンスだ」
その名を聞いてリュークは目を見開いて絶句した。
「あれが!? あの女の子が、あの悪名高い……!?」
「ああ、あれが幸運の女神だ。実際に間近で見た感想はどうだ? ゾッとしただろ??」
「で、でも……百何年も生きてる魔女だって聞きましたよ!? どう見てもあの子は」
「そうだよ、あれで百何歳だ。俺がガキの頃から何も変わっちゃいない。今も昔もクソッタレな魔女のままだ」
ドロシー・バーキンス。【幸運の女神】を始めとする数々の異名を持ち、少女の姿のまま百年以上の年月を生きる怪人物。
禁術を含めた数多くの魔法を習得している上に危険な魔導具を幾つも所持、更には強力な【異能】をも宿し、異常管理局に要注意人物として警戒されている……
この街で、最も悪名高い正真正銘の魔女だ。
「アレックス警部!」
「何だ!」
「ええと、異常管理局の職員が今……」
「いつも通り遅刻だな、クソッタレが! 優雅に紅茶でも飲んでやがったのか!!」
警部は苛立ちながら今頃現場に到着した管理局職員の元へと向かう。リュークはドロシーの姿を遠くからおっかなびっくり見つめた後で警部を追いかけた。
夜中に飲むのはお勧めしません。止まらなくなります。