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「凄いなぁ、写真で見るのとは大違いだ……」
入界審査を執り行う検問所近くで、茶髪の青年が呆気に取られていた。
その青い瞳に映るのは幾何学的な模様が刻まれた巨大な水晶の壁。
【天獄の壁】と呼ばれる巨壁の表面はまるで脈動しているかのように青い光の筋が走り、薄っすらと透けて見える壁の内側には噂通り異世界の如き幻想的な光景が広がっている。
初めて目にした雲にも届く水晶の壁と内側の絶景に夢中になり、人集りの中で青年は立ち止まる。
「おっと、気をつけろ」
そして大柄な男とぶつかった。
「あっ、すみません……」
「ボーッとするな。俺が紳士じゃなかったら危なかったぞ?」
「すみません、気をつけます……」
トカゲによく似た頭部を持つ奇妙な大男に頭を下げ、青年はその場を離れた。
「……あの人の頭、被り物じゃなかったな……本物だ」
奇妙な姿をしているのはあの大男だけではない。
獣の耳が生えた少女、眼と毛髪のない男性、直立する牛蛙、妖精のような姿の女性に両腕が翼になっている老紳士……
青年の周囲にはまるで絵本や映画の中から飛び出してきたかのような、普通の人間とは大きく異なる姿をした【異人】と呼ばれる異界出身者が寄り合っていた。
「こっち側でも年々異人が増えてきてるっていう噂は本当だったんだな」
『えー、番号札1333番の方ー。番号札1333番の方ー、おられませんかー?』
「ん? 1333……あ、俺だ!」
渡航した際に渡された札の番号を呼ばれ、青年は急ぎ足で検問所へと向かう。
「えー、番号札1333番のー」
「はいはい! 俺です! ここに居ます!」
「あ、どうもー。月の扉の方に来たという事は、シティへの移住をご希望の方ですねー? 観光が目的ではなくてー」
「……はい、そうです」
「わかりましたー、では手荷物をこのカゴに入れてー」
額に角が生えた受付の女性が気怠そうにカゴを取り出す。
「持ち物全部入れてくださいねー、財布とか携帯機器も全部ー。ポケットに何か隠したりもダメですよー」
「ああ、ハイハイ……」
「体の中に隠しても無駄ですからねー、すぐわかりますよー」
青年は荷物を全てカゴの中に入れる。
「あはは、正直に従ってくれてありがとうございますー。貴方、いい人ですねー」
受付の女性は嫌な顔をせずに持ち物全部を差し出した青年に、にんまりとした笑顔で言った。
「え?」
「貴方、人間ですよねー。珍しいですよー? 私みたいな異人に持ち物全部出して下さいって言われて素直に従う人はー」
「ちょっ、ちゃんと返してくれるよね!? 今の俺にはもうコレしか残ってないんだから!!」
「いい人にはちゃんと返してあげますよー、安心してくださーい」
受付の女性はカゴを大きな四角い装置の中に入れ、フタを締めてスイッチをポチッと押す。
「え、何ですか その装置」
「これはですねー、荷物検査装置みたいなものですよー。外にも似たようなのあるでしょー?」
「いや、ないです……」
「あらー、思った以上に遅れてるんですねー外側はー」
チーンというトースターがパンを焼き上げた時とよく似た音が鳴り、装置の側面がバカッと開いて青色の紙が吐き出される。
「ふむふむー、検査の結果は【青】ー、持ち物は問題ナシですねー。クリアー」
「何ですか今の音……ていうか中から何か湯気みたいなのが」
「はい、次は貴方の【異能】チェックですねー」
青年の声をスルーして受付の女性は装置からカゴを取り出す。
次に立派な装丁を施された大きなノートを取り出して青年に質問した。
「はいー、では貴方の能力を教えてくださいー。何も無いならOKですけど、嘘は言わないでくださいねー」
「ええと……その、説明が難しいんですが」
「とりあえず【無能力者】では無いんですねー?」
「まぁ……はい」
受付の女性の質問に青年は表情を曇らせる。
「ここに来たってことは大体の事情は察してますからー、街に入る前から落ち込まないでくださいー」
「……そうすか」
「で、貴方の【異能】はどんな能力ですかー?」
「能力というか……実は俺、生まれた時から悪魔に取り憑かれてるんです」
「悪魔ですかー。それは怖いですね、お祓いはー?」
「何度かお願いしましたけど、全部失敗して悪魔祓いや牧師さんが何人も病院送りに……」
青年の話を聞く内に受付の表情が変わっていく。
「では、その悪魔は今も貴方に憑いてるんですね?」
「はい、今は眠ってますが……一度目を覚ますと手がつけられないんです。俺自身にもどうすることもできなくて……」
「ふむふむー……ところで、その悪魔が目を覚ますと何が起こるんですー?」
「……俺の意思に関係なく、俺に関わった人をみんな不幸にします」
青年は受付の女性から目を逸らし、深い絶望と諦観を帯びた表情で言った。
chapter.1 「笑うあなたに幸運を」 begins....
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