ハロルドのお茶会
お読みくださりありがとうございます。
おかしな点は、ブラックホールに投げ込んでください。
「ごきげんよう、リナ。」
マリ姉が話し掛けてきた。
ここは、シュゼイン公爵邸の庭園で開かれているお茶会会場である。
令嬢はそれなりの人数が集まっていて、こんなにも婚約者のいない令嬢が居たのかと、人数を確認した時は、まだまだ私も大丈夫なのではないかと、ホッとしていた。
それから、会場を見回し、どこに座ろうかと確認して歩いていると、お喋り令嬢達がワチャワチャと騒いでいた。
その話が聞こえてしまったのだが、どうやら、このお茶会が、アーハイム公爵子息の為に開かれるのだと、何処からか聞きつけた婚約者がいるにもかかわらず、彼との婚約を望む令嬢や野心家の親族のいる令嬢が、ぜひ縁を結びたいと数多く集まってしまっているのだと言う。
本来の婚約者のいない令嬢は、どれくらいなのだろうか、もしかして多くないのかもしれないという不安を、リナは抱いた。
婚約者がいるのに、参加する強者が多くいるのかと好奇心を持ちながら、とりあえず、自分は本日の主役様の婚約者の座強奪戦には関わらないので、食い気を優先しようと切り替える。
流石、公爵家、社交界のドンの開くお茶会である。
目移りする。
美味しそうなケーキとサンドウィッチに狙いをつけつつ、まず庭園の隅にある目立たないテーブルを確保して、腰を落ち着かせようと考えた。
庭園は広いが、令嬢の人数が多いので、セルフで好きな食べ物を取れるようになっていた。
沢山の4~5人掛けのテーブルセットが、庭園の彼方此方に用意してある。
リナはアルムの言いつけ通り、知り合いの令嬢と情報交換し、主催の公爵夫人へ挨拶と少し談笑を終えてから、食べ物をお皿に取り、目立たない席に一人で座り、お菓子をつまみ始めた。
そこにマリアがやってきた。
まだ本日の主役が会場入りしていないので、今はお役目がないらしい。
一緒に談笑しながら、ケーキや軽食を頬張った。
シュゼイン家のメイドがマリアにそろそろですと、声を掛けてきたので、マリアは立ち上がり、では行ってきますと、公爵夫人の方へ向かっていった。
しばらくして、一瞬、きゃぁっと黄色い歓声が沸き上がるのが聞こえたので、アーハイム公爵のご子息が来たのだろうと考え、リナはのっそりと席を立った。
リナは誰もいないセルフの菓子テーブルをゆっくり回り、吟味し皿に取り、テーブルに戻ってお茶の続きを味わった。
お菓子も十分に堪能し終えたので、そろそろお暇しようかしら?と思い始めていると、マリアが戻ってきた。
一通りご令嬢のテーブルを回り終えたらしい。
そこにカイルも合流する。
「はあ、疲れた。俺はこういう女の多い集まりに慣れていないから、きっつい。」
そう言いながら服の匂いをかぎ、うへぇと言い、顔をゆがませた後、服を払い、メイドが淹れた紅茶を一気に飲みほした。
その隣で、マリアも紅茶を飲み終えていた。
お茶を催促しているので、その間、私は、みんなの分のお菓子と軽食を取りに行き、席に急いで戻った。
かなり、しゃべったのかな?疲れているみたい、甘いものが必要ね。
席に戻り、お喋りを再開してから程なく、先程よりひときわ大きな歓声が沸き起こった。
例の子息が婚約者でも決めたのかな?なんて考えながら、マリア達とお茶を楽しんでいると、
「こんな隅にいたのか。」
と、誰かが声を掛け近寄ってきた。
「ハロルド?」
カイルが言った。
視線を来た人物に向けると、そこには背が高く、肩まであるアッシュブラウンの髪をなびかせ、整った顔立ちの好青年がいた。
おや?っとした表情で、私を見た青年は、私に話し掛けてきた。
「はじめまして、まだこの会場で挨拶していない、こんなに可愛らしいご令嬢がいらっしゃったのですね。私は、アーハイム公爵家子息 ハロルドと申します。 あなたのお名前をお聞きしても?」
「はじめまして、アーハイム様。ハートフィル侯爵子女 リナと申します。」
そう挨拶を交わすと、彼は相席の了解を取り、リナのテーブルに腰を下ろした。
「どうしてハロルドがここに来たの?気に入った令嬢と自由に話してこいって言ったよな。」
カイルが面倒そう言うと、
「そうしようとしたのだけれど、思わぬ客人が来てね、居場所を奪われてしまったのさ。それで、こっちに逃げてきた。それより、リナ嬢は二人と親しいのかい?」
「あぁ、リナの家とは昔から家族ぐるみで仲良くて、小さい頃からよく行き来しているんだ。今もよく会ってるし。それにリナの兄は、マリアの婚約者だ。」
「そうなのか、カイルもマリアも気に入っているようだし、あなたは良いご令嬢なのだろう。そうだ、私は彼らの従兄だし、私とも仲良くしてくれないか?リナ嬢。」
ハロルドは、色気のある声で、不快感がないように自然に許可をくる。
嫌ですとは言いづらい。
「もちろんです。カイルとマリ姉から仲良しの従兄だと聞いておりますわ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
と、ハロルドに向かってリナは貴族の笑みを返す。
すると背後から
「何をよろしくなんだ?」
声がした。
そう言った人物の方へ眼をやると、そこには、エドワード殿下と兄さんが、令嬢達をバックに引き連れて、堂々と立っていた。
え?何?何でこの二人がここにいるの?
王城勤務は?
カイルは来ること聞いていたのかしらと、カイルを横目に見ると、溜息をついていた。
その瞬間、マリアが
「アル!」
と言って、勢いよく席を立ち、兄さんに駆け寄り、飛びついた。
座っていた椅子がひっくり返り、メイドが直している。
兄さんも両手を広げ受け止め、ギューギューと抱きしめあっている。
周りの令嬢たちが頬を染め、キャピキャピ言っている。
はあ~、2人の通常運転だ。
「わお、熱烈だね!」
とハロルドが言うと、
「いつもの事だ。」
と、カイルが遠い目をして言うので、私は横で、うんうんと大きく頷いた。
影がテーブルに陰る。
何か、忘れているような?
「おい、私の問いに答えろ、リナ嬢、何をよろしくしたのだ?」
あっ、殿下、そういえば居たわ。
ん?さっきの質問って、兄さんじゃなくて殿下がしたの?
「……ええっと、ですね。」
私がまごついていると、
「アーハイム殿、リナ嬢を婚約者に決めたのか?」
殿下は私を指さして、いきなりハロルドに聞いたのだ。
私は、なんだって!?と、殿下を驚きの表情で見つめる。
「なっ、ちがっ」
即座に否定しようと私が言いかけると、
「それもいいかもしれないな~。」
ハロルドが呑気に言いだしたので、殿下の後ろにいる令嬢たちがザワついた。
え~、こいつら、何てこと言っちゃってんの……私が頭を抱えていると。
「ちょっとさ、君達、何を勝手な事を言っているのかな?」
兄さんが1ミリも笑っていない目で貼り付けた笑みを浮かべ、割って入ってきた。
兄さんが人前で笑顔である…。
あの兄さんがこんなに大勢の前で…。
笑顔の奥底に気づきもしない令嬢が頬を染めて兄を見ている。
その表情を見て悟った数人が生唾を飲み込んだ。
マリ姉は、ブフッっと笑いが出るのを必死で手で押さえ隠してる。
「うちの妹は、今日、マリアの付き添いで来ただけだから、婚約とか全く関係ないから、適当なこと言って、変な噂を広めないでくれるかな。公爵家や王族でも、妹を陥れる奴を僕は容赦しないよ。」
季節外れの冷気が、自分達の周辺を横切って行った。
そう、2人に告げた後、隣のマリアの手を掴み、バッと、私の方を見て、
「リナ、帰るよ!」
と、デカデカと言い切る。
「はい、兄さん。」
条件反射で席を立ち、私は答える。
「マリアも。」
兄さんが呟くと
「もう、アルったら。」
と、マリアは微笑ましいものを見る目で兄を見て、彼に手を引かれていった。
そして三人は、公爵夫人に帰る意思を伝え、颯爽と会場を後にした。
そんな私たちの後ろ姿を呆然と見続けていた殿下に、
「とりあえず座ったらどうですか?」
と、カイルが声を掛けて、着席を促した。
殿下は大人しく席に座ると、カイルとハロルドと3人で、しばし無言でお茶を飲むのであった。
次回は、エドワード視点です。