恋に落ちた エドワード
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殿下がハートフィル領から帰城する前日。
殿下は、リナのお祖父さまに剣の稽古をつけて貰っていた。
休憩の為、木陰に腰を下ろし、木に寄り掛かっていると、水の入った瓶とタオルが目の前に差し出された。
「休憩にどうぞ。」
それをくれたのはリナだった。
「お祖父さまがあなたに渡すようにって。」
やっと言葉を交わすことが出来たのと、近くに彼女が居ることで舞い上がり、殿下は下を向き、もじもじとしてしまっていた。
瓶をグイっと押し付けられ、殿下は受け取りを忘れていたことに気づき、慌てて瓶を受け取り、ありがとうと小さくお礼を言う。
役目は済んだと、踵を返し立ち去ろうとしたリナに、思い切って声を掛けた。
「あ、あの、少しだけ話し相手になってくれないか?」
勇気を振り絞り小さな声で話し掛けると、リナは驚いた顔をしてから、斜め上の方を見上げ、何かを考える表情をした後、いいわよと言って、エドワードの近くまで引き返し、少し間を空けて隣へ腰かけた。
「俺は、その、あの………………あ。」
「聞いているわ。ライズ所長の親戚のエドガー様でしょ。私はリナ。ここの領主、ハートフィル侯爵の娘よ。あなたもホルンの研究で来たのでしょ?」
遠くに視線を向けたまま、適度な距離を保ち、柔らかな口調で、殿下が話しやすいように間を置き、会話をつないでいく。
おそらく、先程の態度と合わせて、エドワードを人見知りだと勘違いしているのだろう。
強引に聞き出すことも、突き放しもしない。
優しい気遣いが心地よい。
「いや、俺は気晴らしに連れてきてもらったんだ。」
「そう、だからお祖父さまに剣の稽古なんて無謀なことを頼んだのね。あなた、剣の筋が良いそうね。体作り、筋力がまだ足りないから、今はまだ、それほど巧く振るえていないけど、判断力と瞬発力があるから、剣の道で鍛錬を積めば、名高い剣士になるだろうって、お祖父さまが凄く褒めていたわ。羨ましい。」
「ハッ、褒めるなんて。それは俺の身分が高貴だからで、お世辞じゃないのか?」
乾いた笑いで、少し寂しそうに言うと、眉間に皺を寄せ、片手を前に着いて、少し距離を縮めて、リナは言った。
殿下は近づいたのに恥ずかしなり、咄嗟に後方へ身じろぎ、顔を伏せる。
「何を言っているのよ。あのお祖父さまに限って、それは絶対にないわ。私のお祖父さまは、どんなに高貴な身分の人でも、実力、能力が優れていなければ、褒めることは一切し無いわ。例え、国王だったとしても、下手ならば、下手くそと大声で罵るんじゃないかしら……だから領地に引っ込めたられたんだけどね。昔、当時の陛下と揉めて、あっ!」
なにやら彼女は言ってはいけない余計なことまで口にしたようだ。
しまったと、手で口を覆い、俯いて口を閉ざしている。
話を変えてあげよう……。
真剣な話をしているのに、ついつい可笑しくなってしまう。
殿下は話を変えるために咄嗟に自分の悩みを口にする。
「俺は、兄上には何一つ勝てないんだ。どう頑張っても、その、こんなに努力しているのに、勝てなくてさ。周りの奴らは、俺の前では褒めたたえて持ち上げるのに、陰では、兄に劣るってバカにして笑っているんだ。」
きっと可哀相な子だと憐れんでいるだけだろう。
母も乳母さえもそういった反応だった……。
「そんな奴ら、こっちから願い下げでいいのよ。だって、あなたの良いところを見向きもしない奴らなんでしょ?人はそれぞれ、得手不得手があるのだから、才能だってまちまち。あなたにも得意なものはあるでしょ?そこを見ないで、悪口言っている奴らなんか、見る目もない無能な奴らよ。気にしなくていいわ。生徒の事を見ようとしない教師や主人の陰口をいう臣下なんて、仕事が出来るとは思えない、辞めてもらえば?きっと、そいつらは、あなたの兄様の得意な分野にだけしか目に入れられない、視野の狭い人達だわ。」
彼女は激怒していた。
言いたい放題だ。
自分も周りも、怒るより嘆き悲しむ事ばかりだったので、この反応に凄く驚いた。
無意識に、自分は王族という立場を考え、あの者達を怒ってはいけないと心を押さえ込んでいた……代わりにこんなにも怒ってくれる人が現れて、ようやく気がついた。
自分も、悪口を言う奴等に怒っていたのだと、怒りたかったのだと。
「さっきも言ったけれど、あなたには剣の才能があるようだし、そうね、こうやって周囲を気にして、思い悩むことも出来るじゃない、これも才能よ。貴族にはこれが出来ない人が多いって、商人達が言っていたわ。だから、出来るあなたは有能だわ。それに、嫌なことがあっても、努力を怠らない。それは素晴らしい才能よ。」
さらに憐れむなど無く、リナは意外な言葉を返してきた。
エドワードは自分の目の前にいる少女が発している言葉に、励まされ、心が温まっていった。
会ったばかりのこの少女は、自分の良いところを見つけてくれて、一生懸命に自分の才能を素晴らしいと話す。
この時、エドワードは彼女をジッと見つめ、この娘をずっと傍に置きたいと強く願っていた。
そして、自分が彼女に好意を抱いているのだと気がつく。
きっと、興味を示した時点で、すでに好意は持っていたのだろう。
「そうだわ、兄に勝てなくて悔しい気持ちは、私もよく分かるわ。性別や年齢の違いもあるけれど、先に努力している者に追いつくには相当な努力がいるのよね。ただ、無理矢理、負かしてやろうっていうのは、少し考え直した方がいいかも。」
話そうか迷い少し間を置いた後、
「私には、1つ上の兄が居るんだけど、この兄、もの凄く頭の回転が速いのよ。どうしても言葉でやり込められてしまうから、一度、兄が失敗した時を狙って、卑怯にも挑んだことがあってね。その時になんと、奇跡的に勝つことが出来たのよ。でも、それから1週間、地獄が待っていたわ。ずっと至近距離から、悪意のない表現で精神的に抉る言葉を吐かれ続け、いつか飽きるかと我慢したけれど、飽きることは無く、それから逃げ回ったけれど、逃げきれず、私の精神が壊れそうになって、泣きながら全力で謝罪したわ。体重が10キロ減ったのよ。」
その時を思い出し、深い息をひとつ吐いた。
「兄の立場も考えるべきだったわ。おそらく兄自身も相当な努力をしているし、妹に負けるのは許せないことだった。負けたら奪い返す。王者は防衛をしなければならない。この覚悟が、私には足りていなかった。それでも、負けてばかりは嫌だから、いつか卑怯な手を使わず、完膚なきまでに打ち負かしてやりたいって気持ちは、捨てていないわ。」
「そんな嫌な目にあったのに?」
「ええ、高い目標がこんなに近くにあって、それが難解であるなんて、やりがいあるじゃない。」
目に力を宿し力説する彼女は、輝いていた。
「あははははっ、そうだね、なんか、君と話をしていたら、こんなことでクヨクヨ悩んでいるのが、馬鹿らしく感じてきたよ。」
「あら?なんだか、私をバカにしてる?」
口を膨らませて拗ねる彼女はとても愛らしい。
「いいや、最高の女だなって思った。ありがとう。」
「それってどういう意味?誉め言葉よね?誉め言葉と受け取るわよ!」
そう言って向けられた笑顔は天使のようだった。
殿下の胸音は、最高潮に高鳴った。
「ねえ、俺のことはテッドって呼んで。俺はリナって呼んでいいかな?」
「ええ、いいわよ。フフッ、これで私達、仲良しのお友達ね。何かあったら助け合いましょう。よろしく、テッド。」
「ああ、これからよろしく。リナ。」
話せば話すほど、リナへの気持ちは膨れ上がる。
だがしかし、それきり、領地でリナとは会って話す事はなかった。
翌日、研究所の面子と殿下が王城へ帰ってからも。
そう、あの3年前の定期報告まで……。
殿下、恋愛下手にも程がある。




