リナの隠し事
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あれからハロルドから何通か、お誘いの手紙が来たけど、断っている。
訪問もあったようだが、用事を作り、外出していたから、彼には会っていない。
私にかまう暇があるならば、素敵な令嬢との時間に費やしてほしいものだ。
私はいつの間にか忘れてしまっていたようだ。
自分がしてしまったことを……。
私のようなものが、恋愛結婚をしようなどと、考えていることがおこがましいのだ。
社交の場には出ずに、両親にお見合い話を持ってきてもらうのが、良いのかもしれない。
そう考え始めて数日後。
「父さま、少し話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
夜、夕食後に話をしたくて、父さまに声を掛けた。
「何かな?ここではない方がよいのかな?」
「はい、出来れば。」
「分かった。私の部屋に行こう。」
部屋に通され、侍女がお茶を注ぎ、部屋を後にする。
ソファに向かい合わせに座る父と私。
その父の隣に、母さま……?
「お前まで何故ついてきた。リナは私に、話があるのだぞ。」
「いいじゃないですか、娘の思いつめた顔が心配なのです。それに、アルもいますよ。」
リナの後ろに、なぜか、兄も立っている。
「リナ、僕達がいてもかまわないか?」
アルムが問う。
「はい、かまいません。私、お父さまにお願いがあってきたので。」
「お願い?」
アルムが反復し、首を傾げる。
リナは父の顔を見る。
「私の婚約者、お見合い相手を選定してください。その相手と結婚いたします。」
私の言葉に驚く家族。
「リナ、何かあったの?」
「誰かに何か言われたのか?」
母と兄が心配する。
父は無言です。
「何もありませんよ。社交の場に出ても、私には相手を決められないことが分かったので、両親の見立てで、良い縁の方と結婚しようと考えただけです。ですから、父さま、よろしくお願いします。」
「……分かった。」
そう父さまが、絞り出すように一言答えると、
「あなた。」
「父さま。」
2人から強く名前を呼ばれ、もう少し話を聞いて話し合ってから返答をという言葉を発し、2人は意見を訴え始めました。
しかし、その声に父さまは答えることなく、今夜はこれで話は終わりだと、父さまは兄と私を部屋から追い出しました。
廊下を歩く私の後ろから、兄が声を掛けてくる。
「リナ、リナ、さっきの話はどういうことだ?なにかあったのか?何かあるのなら、僕に相談してみないか?一緒に考えるから。」
「兄さん、何もないわ。先程の言葉が全てよ。それではおやすみなさい。」
そう言って、逃げる様にそそくさと自分の部屋に入った。
リナは、無事に父に伝えられたと安堵し緊張が解けたことで、ベッドへ入ると直ぐに眠りについた。
数日間は、兄と母から理由を問い詰めてきれたが、本当の事を言う気は一切なかったので、だんまりを通した。
しばらくすると、2人は諦めてくれたのか、パタリと聞いてこなくなった。
その間のリナは、仕事に集中するように王城で懸命に働き、殿下の我儘にも全て付き合った。
兄や母が問い詰めなくなってから数日後、仕事から帰ると、兄から誘いを受けた。
「週末に、マリアに呼ばれているから、マリアの家に一緒に行こう。」
おそらく兄さんは、頑なにリナが話さないので、マリアに助けを求めたのだろう。
週末は、ハロルドが家に来るかもしれないので、家には居たくない。
何かマリアに聞かれても、話題を逸らして、はぐらかしてしまばよいかと考え、了承した。
***
「やあ、久しぶりですね。リナ。」
そう言って、マリアの家のテラスに設置したテーブルセットに座り、少し困った顔で微笑むのは、会うのを避けて、わざわざ外出をしていたはずの相手、ハロルドだった。
リナは、やられたと思った。
周囲を見渡せば、マリ姉も、兄さんも、カイルも、神妙な顔をしている。
なんなんだ、この雰囲気は……私は罪人か。
「ごきげんよう、ハロルド様。お久しぶりです。」
弾んだ声で挨拶し、にっこり微笑んで席に着く。
以前と変わらない態度の私に、周囲は少し戸惑ったようだ。
予想していた反応と、違ったのだろう。
そんな私とは裏腹に、私が座ると同時にハロルドが身を乗り出して聞いてくる。
「ようやくあなたに直接話を聞ける場が持てました。従姉弟に感謝です。さっそくですが、リナ、私はあなたに、何か失礼な事をしてしまいましたか?」
ニコリと微笑み、何のことかしら?と、惚けるようにリナは返答する。
「いいえ、あなたは何もしていませんよ。私とも仲良くしてくださる、マリ姉とカイルの従兄という関係は、全く変わりないはずです。」
ハロルドは気持ちをグッと抑えるのに拳を握り、ワントーン低くして話す。
「私は、それ以上にあなたと親しくなりたくて、2人で出かけたいとお誘いしているのですが……あの披露会の日から、すべての誘いは断られ避けられ、会うこともなくなりました。もしや、あの日の、あの令嬢への私の行動が誤解を生んで、不快な思いを私に抱いて避けているのではないですか?」
3人は、黙って、私達のやり取りを聞いています。
兄さんは、父への私のあの発言の原因を探っているのでしょう。
「そのことでしたら、聞き存じておりますよ。あなたは大層紳士でありました。令嬢に対して親切な行いで、周囲に誤解が無いように噂を流す、素晴らしい手腕だと、友人も褒めていましたよ。でもそのことと、私があなたの誘いを断ることは、全く関係ありません。」
一呼吸置くのに、紅茶を一口飲み、カップをもとの位置に戻す。
カップに目線を置いたまま、話を続ける。
「私は、あなたを結婚相手に考えられなかったから、二人きりで出かけることを断った。ただそれだけなのです。あなたは、“あなたが私を知って、私を気に入って、私もあなたを受け入れたならば、婚約を申し込むかもしれない”と言いましたが、私はあなたを知っても、婚約者にとは考えられなかった。だから、お誘いを断ったのです。ですから、2人でお会いするのをこれ以上は不必要であると考え、再度誘いに来るあなたを、避けていただけです。これでよろしいでしょうか。私は先に帰らせていただきます。」
最後の方は、目線を上げて、ハロルドを見て話した。
「私はリナのことをまだ知らないし、リナも私のことをまだ知りえていないでしょう?」
立ち上がろうとするリナの掌にハロルドが掌を乗せて引き留め、問いかけてくる。
「いいえ、もう十分です。私のことなど、これ以上知らなくてよいのです。」
ハロルドの引き留めるその手を乗せられていない、もう片方の手でどかす。
「リナ、何があったの?どうして、おじ様に急にあんな話を……。」
マリ姉がたまらず声を掛ける。
「何もありませんわ、マリ姉。ハロルド様、素敵なご令嬢とお幸せに。それではお先に失礼します。」
そう言って、席を立ち、モーリス伯爵邸を後にした。
一人帰り道で、悶々としていた。
ハロルドが、みんなに接触したことで、兄にあの令嬢の事がバレてしまうかもしれない、嫌な思いをしてほしくないと不安がよぎる。
それに自分でしでかしたこと、それを放置してきた醜さを、悟られてしまうかもしれないと考え、胸に苦しさを感じていた。
帰宅すると、私室の机の上に、ピンクの可愛らしい胡蝶蘭と私のお気に入りのお店のクッキー缶が置いてあった。
「エドワード殿下からだそうです。」
エマが言伝る。
挟んである手紙を開くと、
”花言葉に あなたへの想いを乗せて“
と、書かれていた。
「タイミングが悪すぎるわ。」
そう呟き、クッキーの袋から一枚出して、かじる。
喜んでもらって嬉しいと言った時の殿下のホッとした顔が思い浮かんだ。
「やっぱり、美味しい。」
そう小さく呟くと、椅子に静かに腰をおろし、息を深く吐いた。
どうして、私なんかに。
ああ、殿下にも断りをしなければならないのか……ふと考える。
なぜこんなにも胸が、胸が苦しくなるのだろうか。
兄上の意見を取り入れたのに。
ピンクの胡蝶蘭の花言葉は、
“あたなを愛しています” です。




