相談しましょう
読んでくださりありがとうございます。
トントン。
「リナ、少しよいかしら?」
アッシュブロンドの髪を左右に揺らし、女性が部屋に入ってきた。
社交界の可憐なる魔女こと、リナの母親、ケイト ハートフィル である。
魔女というのは、年齢よりもかなり若く見える容姿に対してついた二つ名だそうだ。
しかし魔女とは、悪いイメージなのでは……まあ、本人が何故か気に入っている様なので咎める事はしない。
確かに40代のはずなのに、20代半ばと言っても通じるかもしれない容姿であり、魔女の力で若さを維持していると囁かれてしまうのも分からなくもない。
静々と部屋に入り、リナの向かい側の椅子に腰かける。
母は、侍女が淹れたお茶を一口飲んでから、話し始めた。
「リナ、明日からエドワード殿下のお手伝いに行くのですって?アルから聞いたわ。」
「はい、兄さんの代理で。」
「そう。では、来週のお茶会へは参加は出来ないのね?」
「はい…私からお願いしておきながら、すみません。」
リナは下を向き、太ももの上でギュッとスカートを握った自分の手を見つめていた。
リナはお茶会や夜会に参加したいと、一昨日、母親に告げたばかりであった。
「来週の主催の方は、心の広い御夫婦だからお詫びをきちんとすれば断っても平気よ。殿下の命令では仕方がないわ。リナが落ち込むことではないわよ。」
と、頭をポンポンして慰めてくれた。
母さまに迷惑を掛けてしまった、申し訳ないと、落ち込んでいると、励まされた。
その直後。
「はああああ~、残念だわ!残念過ぎるわ!ようやく可愛い娘がやる気を出してくれて、やっと一緒に社交に参加できると喜んだっていうのに、殿下に取られるなんて、ううううう、悔しいわ~。」
と、いつもの母さまより、ワントーン低い声が腹からの声が聞こえてきた。
母さまも兄さんと同様に、親しい人の前だとガラッと人が変わるのよね。
もはや別人。
母さまはテーブルの上に突っ伏し、くやじぃ~と叫び、ううう~と唸り、テーブルを掌でバンバン叩き出した。
リナは、いつも以上の母親の変貌ぶりに、若干慌てた。
「か、母さま…」
「だってだってね、今まで、リナは男性との交遊なんて疲れるだけだから、今の自分には必要ないって言って、社交界デビューしてから社交の場には必要最低限しか出なかったじゃない。リナが、ようやく、ようやく婚活に向けて色々参加してみようかなって、やる気を出してくれたというのに。やっと、あちこちのお茶会やら夜会やらに一緒に出て、この子が私の可愛い娘です。可愛いでしょ、ねえ可愛いでしょ、もう最高でしょうって自慢できると思っていたのに。くそっ、チキンヤロー、あの腹黒王子、腹立つ。」
何やら母が怒りは収まらず、物騒な方向に思考がいったようで、ブツクサ言い始めている。
しばらく収まりそうにないので、私はその様子を、クッキーをつまみながら眺めることにした。
時折、聞かれたら衛兵にしょっ引かれそうなことも聞こえてくる。
母は、怒りを吐き出したからか、次第に落ち着きを取り戻し、深く深呼吸をした後、本題に入った。
「ふー、そうそう、シュゼイン公爵夫人のお茶会には、参加してね。急遽、婚約者の居ない若い令嬢を集めなければいけないとかで、困っていたのよ。あなたがお茶会に参加を始めるから嬉しいって話をした直後に、その話を聞かされて、是非、参加して頂戴と押し切られたのよ。まぁ、最初から、参加させるつもりだったみたいだけどね。話すタイミングがまずかったわ。」
「はい、分かりました。兄さんに相談して、参加できるようにしてもらいます。」
その返事を聞くと、母さまはパーッと晴れやかな顔になり、
さっそくリナを可愛く着飾る準備に取り掛からなくっちゃ♪
と、スキップしながら部屋を出て行った。
私は兄の部屋に、このことを相談しに、もう一度行くことにした。
トントン。
「兄さん、相談があるのですが。」
どうぞと言われ、部屋に入っていくと、そこには少し釣り目で、真っすぐな長い黒髪を高い位置で一つに縛っている凛とした佇まいの令嬢が居た。
執務机の横で、兄さんに話し掛けている。
「まぁ、いらしていたのですね、マリ姉。」
と、私は声を掛けた。
「ごきげんよう、リナ。」
この人は、兄さんの婚約者、モーリス伯爵のご令嬢で、マリア・モーリスである。
モーリス伯爵領は、我が領と隣同士であり、互いの領の生産品を流通し合い、不足した物品を補うなど長きに渡り助け合ってきたこともあり、家同士も非常に親密である。
ちなみに王都のタウンハウスも隣である。
その流れから、当代、両家に年の近い令息と令嬢が生まれたことで、当たり前のように婚約となったのだ。
親が決めた結婚なんてと思いきや、この二人は、物心つく頃には意気投合しており、今もまだ相思相愛で、バカップルである。
兄は人嫌いの物静かな性格で、動きまわるのは苦手、背は男にしては低い方だ。
逆に、マリアは社交的で明朗、背も高い美人だ。
この二人、正反対なのだが、それがよいのだと二人は言っている。
兄さんは、気に入った相手は、とことん大切にする、特にマリアへの扱いは周囲が心配するほど執着し異常である。
そんな兄の態度に、まんざらでもなく喜んで受け入れているマリアも異常である。
彼らを良く知る者達は、お似合いだと、皆、口にする。
兄の部屋のソファに腰かけると、私の隣にマリアが座る。
私の前のひとり掛けソファに兄が座り尋ねる。
「どうしたの?何かあったのかな?もしかして、さっきの話を取り消しにきたのかな?」
「と、取り消してもよいのですか!?」
ガタっとソファの背もたれから起き上がり、前のめりで聞くと、
「えっ、ダメだけど?」
と、サラッと真顔で放つ兄さん。
「ですよね~」
と、ボソッと言い背もたれへと背中を戻す私。
期待した私がバカでした。
家族や婚約者以外には容赦なく厳しく、笑顔さえほぼ見せない無表情の冷徹の男である。
妹である私にも、譲れない部分には、本当に容赦ない。
兄さんが提案して決まったことを、そんな都合よく変更してくれるわけがないと再認識し、頬をポリポリと掻く。
中途半端になってしまったので
次を直ぐに投稿したいです。