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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

めいたんてい依子のじけんぼ

作者: ノスケ

 花井依子の職業は探偵だ。

 しかも名探偵。

 事務所の名前はまだない。というより、まだ事務所がない。一か月前から名探偵を始めたので、まだ先立つものがない。

 あるものは、この灰色?だっけ、黒だったかな?の脳細胞と、響という弟兼助手のみ。

 とりあえず、何か事件がないか、とぶらぶら近所をうろつくことにした。


 井戸端会議に夢中のおばちゃんが立ち話中だったので、こっそり電柱の陰から盗み聞きすることにした。

「山田さんちの猫ちゃん、いなくなったんだって」

「あら、それ鈴木さんとこの話じゃないの」

「ううん、山田さんよ。間違いない。うちに探しにきたんだもの」

「鈴木さんとこのシャルロットちゃんも帰ってこないって言ってたわよ」

「えーっ、うちの子の話じゃ、同級生の子のとこもだって。ほら、公園近くの伊藤良介くんって、うちのと仲いいんだけど。まだ、子猫だったのにね。すごく泣いちゃって、うちの翼と探し回ってるのよ。翼も猫飼いたいから他人事じゃないみたいで。でも猫って爪とぎするじゃない?飼うの主人が反対しててねぇ困っちゃうわ」

「あら、でも情操教育にはいいって言うわよ」

 あっという間に違う話が始まったので、依子は公園へ移動した。


 幸い、伊藤良介は顔見知りだったので、すぐに見つかった。

「あっ依子ねーちゃん」

 公園には低学年の小学生たちが4、5人、ひざを泥だらけにして茂みを覗いたり、木をゆすったりしている。素人めが。

「良介くん、猫さがしてるんだって?どんな猫」

「真っ白でふわふわなんだ。まだ小さいんだよ。たまごって名前なんだ」

「いついなくなったの」

「三日前。庭で遊ばせてたんだけど、気が付いたらいなかったの。たまごは庭の外には出たことないのに」

「ふうん。実はね、私探偵始めたの。依頼してくれれば、探してあげるよ」

 良介の眼がぱっと輝いた。他の子供たちは、探偵?スゲーかっこいい!と沸きたった。

「探してよ。僕の貯金箱ぜんぶあげるから」

「いいよ、ご近所のよしみで今回はサービスしてあげる。将来彼女ができたら、浮気調査でも依頼して頂戴ね」

 彼女だってー!と子供たちは大はしゃぎだ。

 ペット探しか。新人としては妥当なところかな。本当は派手な殺人事件でも請け負いたいところだけど、と依子は思った。


「そうなのよ、最近町内で猫ちゃんがいなくなってるの」

 母がご飯をよそいながら、ため息をついた。

「2~3匹じゃないのよ。もう、10匹近いみたい。絶対変質者の仕業よ。警察にも届けてるんだけど、全然役に立たないわね。だから税金泥棒って言われんのよ。あーっうちも心配だわ」

 元レディースで剣道段もちの母はしおらしく言ったが、我が家の竹刀顕在率が高まったのは、このせいだったのか。どちらかというと、犯人の命が心配である。

「だから、自治会でパトロール始めたんだけど、それでも被害は続いてるのよね。これは町内に犯人がいるんじゃないかって皆で警戒しちゃって、ギスギスしてるのよー」

「へえ、怪しい人とかいるの?」

 父がのんびりした様子で聞いた。依子も耳を澄ませる。

 素人の推理力に頼るのは望むところではないが、この母は別だ。とんでもないオカンネットワークをもっているのだから。

「あたしはね、二丁目の大木さんとこの息子だとにらんでる。あの人引きこもりだし、獣医大学に落ち続けて6年らしいのよ。猫ちゃんに恨みがあるのかも」

 とんだ予断で人を傷つけている、と思ったが、明日は大木さんを調べよう、と決めた。


 道を歩いても、確かに猫の姿はない。どの家も大切なペットをしっかりかくまっているようだ。野良猫も見あたらない。そうか、野良の数も入れれば、とんでもない被害がある可能性もある。

 これはマジでやばい状況かも、と依子は考えた。

 少し後ろをついてくる、響に依子は聞いてみた。

「ねえ、響。あんたどう思う。大体のサイコパスって小動物から始めるじゃない?」

「それこそ予断じゃない」

 響はあまり真剣に答えない。

「そうね、三味線業者というセンも考えなきゃ。あんた、もっと危機感持ちなさいよ」

「どうでもいいけど、業者ならペットは狙わないんじゃないかな」

「・・・あんたって可愛くない」

 響はどうでもよさそうにあくびした。


 猫の生息状況を調べようと、依子は公園へ立ち寄ってみた。野良猫も昨日の子供探偵団もいなかったが、一人の老婦人と出会った。なにかを探してうろうろしている。

「こんにちは、もしかして猫ちゃんを探してるんですか」

「え?ええ・・・あなたは誰かしら」

「申し遅れました。花井依子といいます。探偵なんです。依頼を受けて、いなくなった猫を探しています」

「あら、ずいぶん若い探偵さんなのね・・・私は寒河江というの。うちのクロを探しているのだけど、昨日から帰ってこないのよ」

 寒河江さんは住所を教えてくれて、もし見つかったらお礼するからきて頂戴、と言った。

「クロはねぇ、うちの孫が生まれた時から飼ってるの。もうおばあちゃんだけど、とっても可愛いの。うちの孫が生まれた時からうちで暮らしてるのよ。孫よりもずっとずっと可愛いの」

 あれれ、このご婦人はちょっとボケているようだ。 

「孫なんてねェ、全然言うこと聞かなくて。子供の時はあんなに面倒見てやったのに。うちの嫁がまた気が利かないから、おむつかえも離乳食もぜーんぶ、私がやってやったのに。クロはねェ、私のいうことしかきかないの。だから、嫁が怒ってね、よくクロをせっかんして。ひどいわよねぇ、あんなに可愛いのに。まだ赤ちゃんのクロを外に出して、それで帰ってこないの。かわいそうよねぇ」

「寒河江さん、今日は私が捜しておきますから、家に帰りましょうね」

 依子は老人をなだめつつ、家に送ってやった。寒河江、と表札のあるその家は、驚くべき豪邸だった。裏には地続きの山まであり、新興住宅の多いこのあたりで、取り残されたように年季が入った、鬱蒼とした家であった。


 老婦人いわく鬼嫁という、寒河江久美子は疲れたような顔で姑を引き取った。

 形ばかりの礼として、線香くさい居間でお茶をごちそうになった。

 家の中はわりとごちゃごちゃしていて、壁一面に小学生らしい子供の絵や賞状や作文までが貼ってある。ありがちな置物だとか、食器だとかに見つめられているようで、息が詰まる。帰りたい、と思った。

「クロ帰ってきたの?・・・あんた、誰よ?」

 ドアから女子高生がうさんくさそうに覗いてきた。

「まどか、やめなさい」

 久美子が苦々しく言った。まどかという娘は髪を茶色く染めて、制服のスカートもめいっぱいカットしている、いかにも今時な少女だった。

「花井といいます。公園でおばあちゃんに会って、お送りしただけの者です」

 まどかはふん、と鼻を鳴らして、依子に一瞥をくれた。

「へーんなしゃべりかた。ばっかみたい、おばあちゃんなんかほっとけばいいのに。どうせボケてんだから」

「まどかっ」

 久美子が声を荒げたが、まどかは気にも留めない様子で二階へあがっていった。

 久美子が依子に言う。

「ごめんなさいね、大人げない子で・・・あの、うちのおばあ様のこと、あなたのおうちの方には内緒にしていただけるかしら?まだ診断がおりていないし、家族も受け入れられない状態で噂になって、刺激を与えたくないの」

 花井家のクレイジーママンは界隈で有名なのだろうか、依子は快く了承した。

 

「変な家だったわね、響もそう思わない?」

「どうも思わない。よくある構図だろ、旧家の嫁姑戦争に、ぐれちゃった娘とか」

「あの家、もう一人息子がいるよね。絵も賞状も作文も名義は寒河江祐太郎だったもの」

「祐太郎が性同一障害じゃなければね」

 依子は驚いた。

「そんな発想はなかったな。祐太郎がまどかになったってこと?たしかに、まどかのスカートのすそが、真新しかった。あれ、切り上げたのつい最近だよね。茶髪も、根本まで染まっていたし」

 響がくすっと笑う。

「ごめん、冗談。たしかにあの家には二人の子供のにおいがしたよ」

「相変わらず、便利な鼻ねぇ」

 依子はむすっとして返した。


 帰る足で、依子は大木家を訪問した。寒河江宅の目と鼻の先だったが、こちらは普通の一軒家であった。

「自治会から来ました。最近ペットの行方不明が続いていて、ご近所に聞いて回っているんです。なにか情報はありませんか?」

 依子は玄関からは入らない決意だった。さっきのようなブルーな気持ちにはなりたくない。

 お目当ての息子が出てきてくれて助かった。大木はだらしなくジャージを着こなし、髪はぼさぼさでこれぞ浪人!というイメージ通りの青年であった。うさんくさそうに依子を見てくる。この目にはもう慣れっこだ。

「お前みたいなのが来るとは、自治会も人手不足なんだな。先週も来たばかりじゃないか。あのときも言ったけど、なにも知らないよ。俺は、昼間は出歩かないんだ」

 やたら鼻水をふきながら、くしゃみを繰り返している。

「夜はお出かけになるのですか?」

「こう言うと、怪しまれるんだ。わかってる。みんな俺を疑ってるんだろ。まいったな」

 困ったように言う大木。

「お前なら知ってるかも。俺、漫画家なんだよ。獣医もの書いてる。けっこう売れてるんだけど、自治会のおばちゃんたちは信じてくれなくてさ」

 大木が教えてくれたペンネームは依子も知っていた。オカンネットワークの弱点は、正しい情報がゆがみまくることにある。

「お前、花井さんとこのやつだろ。あのボスママに伝えてくれよ。わりと猫好きなんだよ。俺も心を痛めてるんだ」

 大木は鼻をかみながら言った。涙目になっている。

「風邪ですか?お休みのところ申し訳ありません」

「花粉症だよ。アレルギーもちなんだ。だから悪いけど、家には入らないでくれよ」

 依子の目がきらっと光った。

「もしかして猫アレルギーも?」

「そのケはあるだろうな。向かいの寒河江さんとこいっぱい猫飼ってるだろ。風向きによっちゃ毛が入ってくるから、窓も閉めきってんだ、それが余計評判悪くてな。寒河江さんとこにこれ以上猫を増やさないか、室内飼いしてもらえないかって頼んだこともあったけど、怒鳴られて無理だった。仕方ないから引っ越し考えてたんだけど、最近急に楽になってさ。寒河江さんとこの猫たちも行方不明になったのか?」

依子は曖昧にうなづいた。

「それはまどかちゃんも心配だろうな。可愛がってたから」

「祐太郎さんは可愛がってなかった?」

「どうかな。あそこは母親が異常に過保護でさ、祐太郎は動物になんか指一本さわれなかったよ。だけど、今は獣医目指してるっていうから、本当は好きだったんだろうなー」獣医つながりで、前はよく話したんだ、と続けたが、受験に失敗してから数年、引きこもってしまっているのだという。

まさかここでその情報が出てくるとは。

「なあ、猫のこと、わかったら教えてくれよ。案外お前みたいなのが、事実を掴みそうな気がするんだ。いいネタになるかもしれないしな」


 大木家を出たところで、まどかにばったり会ってしまった。

 まあ向かいだから仕方ない。まどかは私服に着替えていた。

「あんた、探偵やってるんだって?おばあちゃんに聞いた。ボケてるから、よくわかんなかったけど」

 はあ、まあ・・・と依子は答えた。

「さっきは悪かったわ。あたし、あの家にいると、なんだか無性に悪態つきたくなんの。色々ある家だからね」

「なんとなくわかります」

「わかる?やっぱり女同士ならぴんとくるのかな。お兄もパパもぼんやりしてて、完全に取り込まれてんの。うちの怨霊に」

「・・・」

 依子は黙るしかなかった。

「そいつ、なんて名前?」

 まどかが依子の背後を指差した。

「響です。弟兼助手です」

「ふうん。なんかうちのクロに似てるのよね。おとなしくて、静かなところとか、じっと見る目とか。だから忠告してあげるけど、うちはとんでもない家よ、あんたもう来ない方がいい」

「ご忠告ありがとうございます」

 今度こそ、依子は退散した。きっと近いうちにまた来ることになるだろうけど。


 依子はわくわくとした気持ちをかかえながら帰宅した。パズルのピースが集まってきた感覚。

 母に寒河江家のことを聞いてみた。

「あそこのおばあちゃんに会ったの?ボケてたでしょ」

 なんと、久美子には気の毒だがすでに周知の事実だったようだ。げに恐ろしきオカンネットワーク。食卓にいながら事件を解決できそうだ。安楽椅子探偵ならぬ実家探偵・・・ってかっこ悪いな。

 母はにやっと笑った。

「寒河江さんちはまさに修羅の家。お金は全部おばあちゃんが握って、奥さんは二枚の服をローテーションしてるの。気の毒よねー」

 とても楽しそうな母。

「まどかって子にも会ったよ」

「あの子は唯一まともだったのにね。母親にはお兄ちゃんと差別されまくって、ほぼ放置されて、おばあちゃんが面倒みてたんだけど、そのおばあちゃんがボケちゃったせいか、最近急にぐれちゃったのよーやーねー」

 アンタはぐれないでよ、と付け加えた。それこそあんたが言うな、と依子は思った。

「奥さんも若いころはがんがんやりあって、おばあちゃんが飼ってた猫にせっかんしたこともあったらしいよ。 おばあちゃんも売られた喧嘩とばかりに猫拾いまくって、奥さんが猫を川に流したのを見たって人もいて・・・ん?んんん?」

 やばい。依子は話を変えた。

「お父さんが出てこなかったけど、いないの?」

「いるわよー昼行燈みたいなやつが。姑と嫁のバトルに疲れて、ノイローゼみたいになったらしいわ。よく夜中にフラフラしてんの。そのストレスを浮気でもして発散しときゃいいのにね。そういうタイプじゃないんだな」

「おい、そんな話やめとけよ」

 同情的に父が言ったが、あら、かばうの?旦那がしっかりしないのがいけないんじゃないっこれだから男はっ・・・と矛先が激しく変わったので、依子はそっとキッチンを抜け出した。


「やっぱりここだったね、響、お手柄よ」

「予想どおりだけど、予想外のことがある。この墓穴、あちこちにあるし、足跡も最低3人はいるよ」

「えっマジ?こわいわー背筋が凍りそう!」

「依子姉、楽しそうだね。俺はそんな気分になれない」

 珍しく、響の目が怒りにらんらんと輝いている。

「・・・ごめん。ほんとはさ、犯人が猫じゃ飽き足らず、殺人事件を起こすまで待ってみようと思ったんだけど、そんな場合じゃないよね。あー良介になんて言ったらいいの」

「探偵は事件解決までが探偵だよ」

「そうね。引き受けたからには最後まで付き合わなくちゃ」


 依子は寒河江家を再訪問して、まどかと久美子に、裏山に大量の猫の死体が埋まっていることを報告した。

「え?え?うちの山に?どういうこと?」

 まどかの狼狽は演技ではなさそうだ。

「犯人は誰なの?」

 静かに久美子が聞く。

「さあ?それは探偵の仕事ではないので。ただ、この裏山はそう他人が忍び込める場所ではないし、複数の足跡がありましたので、寒河江さんちの何人かが犯人の可能性が高いです」依子は忍び込めたが、響の勘がなければ簡単ではなかったと思う。

 まどかが恐る恐る母を見て、天井を見上げた。恐らく、祐太郎の自室のある二階を。

「皆さん、かなりストレスをためてらっしゃるようなので。全員が犯人かもしれないし、誰かがかばって後始末だけしたのかも。どうでもいいじゃないですか?所詮、器物損壊程度の犯罪です」

 依子は投げやりに言った。

「でもそろそろおしまいにしてくださいね。それでは、失礼します。ほかの依頼人に報告しなければならないので」

「待ちなさいっ」

 突然鬼の形相になり、久美子が依子に襲いかかったが、響がその手を払い、まどかが母親を抱きとめる。

 依子と響が居間を出ると、廊下でおばあちゃんがぼんやりとたたずんでいた。

「おばあちゃん、さようなら」

 入れ替わりに居間に入っていく、おばあちゃんの手にはきらりと光る包丁。依子は見ていない。

 玄関の扉が閉まると、中の怒号や物が倒れる音、肉を断つ悲鳴、血しぶきが舞う水音は、響の耳にしか届かなくなった。 

 依子姉に教えたら、大喜びするな、と思ったので、響は気づかないふりをした。


「名探偵、皆を集めてさてと言い・・・って思ったより、楽しくないな。殺猫事件は後味悪すぎる。殺人ならもっと面白いのにね。もう、探偵ごっこはおしまい!」

背負ったランドセルを持ち直し、依子は後ろをふりむいて、言った。

「今度はなにごっこしようか?響」

黒猫が答えるように、にゃぁと鳴いた。


(おわり)  




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