千里眼
僕が小学校に上がる前の頃、近所に身寄りのない婆さんがいた。町内会で独居老人の話し相手を持ち回りで務める事になり、僕と母はその婆さんの家に訪問した。婆さんは大層喜び、ある特技を居間で披露してくれた。
一抱え程の大きさの木箱に物を入れ、目隠しをして後ろを向いた婆さんが箱の中身を言い当てるというものだった。昔、千里眼で舞台芸人をしていた婆さんの十八番だったらしい。そして、僕が木箱に入れた物を婆さんは見事に当てて見せた。皿の枚数と絵柄、本の題名、僕の玩具のロボットの姿形等、百発百中だった。
この人は超能力者だ!僕はすっかり興奮してしまい、家に帰る途中、ずっとその話をしていたが、母は煩わしそうにこう言った。
「きっとトリックがあるのよ。あのお婆さんは芸人だったのよ」
次に訪問した時、母と婆さんが台所で昼食を作っている隙に、僕は居間を調べてみた。婆さんが目隠しをしている時、顔を向けていた方向には茶箪笥があり、そこを良く見ると隠れた所に小さな鏡が仕込まれていた。これを使って僕が箱に入れる物をのぞき見していたのだ。目隠しだって布が透けているなど、何か仕掛けがあるに違いない。僕は途端に興醒めしてしまい、その後の時間は押し黙ったまま不機嫌に過ごした。婆さんはその様子から、トリックに気付かれた事を知ったのだろう、帰り際に悲しそうな顔で僕らを見送った。
その後、僕は婆さんと二度と会う事はなかった。僕が行かなかったからではない。婆さんが急な心臓発作で他界してしまったのだ。葬儀は町内会で執り行い、僕と母も参加した。
こんな事なら騙された振りをしてあげるんだった。火葬場の控え室で婆さんの骨上げを待つ間、僕は子供心にも後ろめたさを感じた。
やがて係の人に呼ばれて、僕らはお骨になった婆さんと対面した。炉の前に置かれた金属の台の上に、いくつかの骨が人の形に並んでいる。それらの中で、かつて婆さんの頭があった場所に、溶けたガラスの小さな固まりが二つ転がっていた。
不審に思った母が顔を近付けて、擦れた声を上げた。
「これ、義眼じゃない……」
僕も母も婆さんが盲目だとはわからなかった。生前の婆さんの振る舞いは全く不自由を感じさせないものだったからだ。
あまり外出せずに家の中にこもりがちな人で、家具や調度品の配置を覚えていたのだろう。僕らと会っている時も、おそらくは音や雰囲気を察知して普通に応対できたのではないか。
だが、それならば……。
何故、千里眼の手品で鏡を使ったトリックを使えたのか……。
あり得ない話だが、もしかしたら、婆さんは義眼でも普通に見えていたのだろうか……。
その答えは僕が大人になっても未だに出てはいない。