バレンタインデーの初恋。
『あーごめん!』
親子でキャツチボールしていた幼い男の子はボールを取りそこねた。
ポンポンポン……
コロコロコロ……
転がるボールを追いかける男の子。
ボールが転がっていった先には池があり、傾斜が付いた坂でボールは見えなくなった。
坂のところまで来た男の子は、てっきりボールは池に落ちてしまったと、あきらめて
池の水面を、あちらこちらと視線を移して探していた。
『ネェ、コレ?』
長い髪に赤い大きなリボンつけたロングドレスの青い目の幼い女の子。
小さな可愛らしい手にボールを持って差し出す彼女。
ボクは少し照れながら、ペコリと頭を下げてお礼を言った。
『ありがとう。』
『君、どこから来たの~?』
公園の池の畔に座り微笑む小さな女の子に声を掛けるボク。
『アツチ。』
彼女は指で住宅地の方を指差した。
『ここらで、みない子だね…お引っ越しして来たの?』
彼女は、傍らに置いてあったフランス人形を抱き上げて答えた。
『コノコト、イッショ。』
ボクは外人の女の子を見たのは初めてで少し驚いた。
ボクの帰りが遅いのに気付いた母親が小走りで近付いて来た。
『ぼくちゃん、ボール見つかったかしら?』
ボクは母の方を振り向いて答えた。
『お母さん、この女の子がボールを受け止めてくれてたよ。』
母親は、辺りをキョロキョロと見回してボクに話し掛けた。
『どこにも、女の子なんていないわよ?』
『夢でもみてたのかしらね、ぼくちゃん、は……』
微笑んだ母は、ボクの手を取って池の坂道を昇った。
ボクは手を引かれながらも、度々、後ろを振り向いた。
池の畔で手を振る目の青いフランス人形、そっくりな幼い女の子。
彼女の姿はボクにしか見えないんだ……
そう思った。
また、あの子に会えるかな……
幼いポクのハートを揺さぶる初めての熱い思い。
は、つ、こ、い。
車のところまで手を引かれて帰るボク。
ボクは車の後ろに乗せられた。
母は何やら買い物をしてくると言ってボクを車に残し離れた。
駐車場のとなりに止まった車の窓から顔を出し微笑む、さっき見た外人の女の子。
彼女は何やらリボンで結ばれた小さな箱を、ボクに手渡した。
『キミ、ワタシノ、サイショノ、オトモダチ……』
女の子を乗せた車はしばらくすると駐車場を出て行き、やがて町の中へと姿を消して行った。
『ぼく、さびしい……』
買い物から帰って来た母親が手にリボンが付いたチョコレートの箱をボクに手渡した。
『はい、ぼくちゃん。』
『ママからの、バレンタインチョコのプレゼントよ。』
チョコを手渡した母はボクが、既に手に持っているリボンの付いたチョコを見て呟いた。
『あら……ぼくちゃん、そのチョコは、どなたから頂いたのかしら?』
『小さな女の子。』
この時のボクには、この言葉で答えることしかできなかった。
時は過ぎ……十四才になったオレ。
今日はバレンタインデー……
友達はチョコを何個もらったかとかで騒いでいる。
あの幼い日の思いでの池の畔に佇み青い空を見上げいたら
なぜか、ひとすじ……涙が瞳からこぼれた。
小石を拾い池に投げた。
ボチャンと音をたて、波紋が広がって行く…………
オレの後ろから草を踏み近づく誰かの足音。
『ネェ……コレ。』