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05:首輪と思い出

「あれ、また来たの?」

 にゃあ、と口を開く。たったそんな動作だけでも可愛い。思わず頬が緩む。


 放課後。古谷君の姿はとっくになかったし、純ちゃんの姿も、その他の生徒も、掃除当番しか残っていない。


「古谷君の所に行かないでいいの? きっと今日も――あ、ちょっと」

 今回もまた、彼女は由紀の話を聞かないまま机から降り立った。昨日と同じように教室から出て、そのまま歩いていく――かの様に見えたが、彼女はその前にこちらを振り返った。扉の隙間から可愛らしく顔だけが覗く。


「あーはいはい」

 もう既に掃除を始めている生徒たちの間を縫って、白猫の元へとたどり着いた。てっきり昨日と同じように下駄箱の方へと向かうのだと思っていたが、今日はどうやら違うらしい。その反対方向へとてくてく歩き出した。


「ちょっとーどこに行くの?」

 今回もまた返事はない。


 古谷君君にはべったりな癖して、私には随分な仕打ちじゃなかろうか……?


 そう思ったが、それを白猫に伝えるすべはない。猫好きの由紀としては、大人しく彼女の後ろをついて行くしかないのである。

 そうして辿り着いた場所は裏庭だった。


 掃除が終わったのか、裏庭は綺麗だったが、日当たりの悪いこの場所は何より人気が無い。放課後など部活動が活発になるこの時間は特に人がいないようだった。

 それに古谷君が入学してからこの場所は、専ら彼のテリトリーとも呼ばれる場所となっていた。いつの間にか休み時間や昼休み、ここで彼が昼寝をする姿がよく見られるようになった。そんな中で、狼の安眠を妨げようとこの場所を訪れる羊がどれだけこの学校にいることだろうか。いや、残念ながらおそらく数人もいないだろう。


 そんなこんなで昔から人が来なかったらしいこの裏庭は、古谷君の出現で更に人が少なくなった。そして今、人っ子一人いないこの状況。猫の幽霊に話しかけながら歩く由紀にとっては半ば都合の良い空間だった。


「って、あれ? どこ行ったの、ユキちゃん」

 誰もいない空間で、自分の名前を呼ぶ。


 何だか気恥ずかしい行為だが、仕方ない。きょろきょろと首を回しながら白猫の姿を探した。


 昨日訪れた河原と違い、この裏庭はきちんと整備されている。しかし何より木々がたくさん生い茂っている。小柄な白猫の姿を探すのはそう簡単ではない。


 裏庭の中央辺りまで歩みを進めると、急に目の前が開け、数基ほどベンチが置かれている場所に出た。確か、普段古谷君は丁度真ん中のベンチで寝ていたはずだ。風邪通りの良いこの場所は、階段の窓から良く見える。純ちゃんがよく、ほらあそこでサボってるよ古谷君!と叫んでいる傍らで昼寝している彼の姿がよく見えた。


 校舎の隅の三階から結構な距離を歩いて裏庭までやって来た。運動部でもない由紀は多少疲労を感じ、そのままベンチに座り込む。時々頬を撫でる爽やかな風が心地よくて、いつの間にか白猫の存在も忘れてまどろみ始めていた。しかしそうは問屋が卸さないユキちゃん。怒ったように顔に飛び乗ってきた。とはいっても、相手は幽霊なので由紀には何の影響はない。しかし目の前でパタパタされるとどうも気になってしまう。由紀はため息をついて立ち上がった。


「何か用? 何かして欲しいの?」

 途端にユキちゃんの姿は向こう側へと消える。ひょいと自身も覗き込んで見ると、白い塊と、赤い塊が見えた。


「って、これ――」

 そのまま白い塊――ユキちゃんは無視して、赤い塊を手に取る。


「首輪……?」

 裏に返してみれば、薄れた字でYUKIと書かれているのが目に入った。傷だらけだったが、紛れもない古谷君とユキちゃんとの思い出の品だろう。


「そっか、よくここで古谷君、昼寝してたもんね」

 案外探し物は彼の近くにあったようだ。


 きっと今頃、昨日の様に泥だらけになって探していることだろう。


「じゃあ届けに行こうか」

 ユキちゃんは嬉しそうにぴょんと肩に乗ってきた。ようやく慣れてきてくれたようで、何だか嬉しくなる。しかし数歩歩き出したところで、肝心なことを思い出して彼女の足は止まる。あはは、と照れたような顔でユキちゃんを見やった。


「ね、私昨日ボーッとユキちゃんの後ろをついて行っただけだから、あんまり道覚えてないんだ。道案内してもらえる?」

 ……白猫は呆れた様に肩から降り立った。


*****


 河原につくと、やはり古谷君は四つん這いになって探し物をしていた。

ユキちゃんの赤い首輪が大切なのはわかる。しかしどうしてあそこまであの場所を探すのが少し不思議だ。もしかしてユキちゃんとの思い出の場所だったりするのだろうか。そして彼女が死んでしまった後もちょくちょく通っていて、そんな時に首輪が無くなったことに気付いた、と。


 憶測に過ぎないが、そんな一連の行動が頭に浮かんだ。複雑そうに見えて、実は古谷君の頭は単純だと最近知った由紀の見解である。


 ここまで案内してくれたユキちゃんは、古谷君を見つけるとすぐさま飼い主の方へと駆けていった。余程あの定位置がお気に入りなのだろう。第三者の目から見ても二人はお似合いだ。

 昨日の様に古谷君のスクールバッグの隣に腰かけ、由紀は彼を眺めた。


 古谷君を見つけたら、すぐにその名を呼んで、駆け寄ろうと思っていた。この首輪を渡したら、きっと古谷君は喜んで受け取ってくれるだろうって思っていた。

 しかし由紀はそうしなかった。泥だらけになって草むらを懸命に探している古谷君を見て、何だか首輪を持ってきたこと自体余計なことだったのかもしれないと思い始める。


 彼と白猫との出会い、日常、最期。由紀には知る由もない。だからこそ第三者である自身がその間に入ることは戸惑われた。何より自分が、第三者としてあの二人を見ていたい。誰かが介入することなく、あの二人だけの思い出として。


 由紀はスクールバッグよりも少し離れた、しかし彼の身長なら確実に目に入るであろう場所にそっと首輪を置いた。緑の草の間から赤い首輪が存在を主張している。きっと彼なら気づくはずだ。


 ぽんぽんとお尻を叩くと、そのまま静かに河原を後にした。


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