6・やるしかない
「と、まあこんな感じなんだけど。あれっ? 葵どうしたの」
表情の暗い葵に貫太郎は戸惑いながら声をかける。ちょっと最初から飛ばしすぎたかと様子をうかがうと硬い表情で葵は吐き出すように否定の言葉を口にした。
「あんな化け物と戦うなんて私はごめんだわ。むり、むり」
「そんなのやってみなけりゃわかんないだろ?」
「何よ、やったって出来ないものは出来ないわよ。頑張れば出来るとか言うとぶん殴るわよ」
貫太郎の言葉に、葵は貫太郎を突き飛ばすと噛み付くように叫んだ。
「おいおい、出来ないと思うからやんないとか、わけわかんねえ。だって葵、選択の余地ないだろ。やる、やらない、じゃなくてやるしかない。これ書いたの葵じゃん」
貫太郎が鞄から書類を一枚取り出してひらひらと振った。
――なんて意地悪い奴。
葵は貫太郎を睨み付けると、貫太郎の手から書類をひったくってびりびりと引き裂いた。ざまあみろ、私は精神的に傷を負っているんだ。ちょっとは気を使え、と葵は破いた書類を花吹雪のように貫太郎の頭から降らせた。
頭に散った紙くずを一つ手に取って貫太郎は「ふーん、そう来るわけね」と呟いた。
「何やってんの? 死んでもいいのかよ。あんたって本当に自分の事しか、いや自分のことも考えてないんだな。まあいいや、そんなのいくらでも手元にあるし」
「なんで?」
貫太郎の言葉のせいで、威勢をそがれた葵の額にびしりと指が突きつけられる。
「あんた冥府との契約をなめてたら酷いぜ。紙きれ破ったって魂は冥府が握ってるんだ。あの書類にサインしたってことが重要なんだ。紙なんて契約したことを分かり易く目に見えるようにしているだけだ」
葵の目の前で貫太郎の手にたくさんの契約書が手品のように積まれていく。それには全部葵の筆跡で名前が書かれていた。
「わあわあ騒いで迷惑だと俺が思ったら真っ先にあんたの魂を招魂するからな。黙って仕事を覚えやがれ。俺は死神、なんだろ?」
さっきまでとはうって変わった貫太郎の態度に、葵は震え上がって頷くしかなかった。あんまり貫太郎が普通の男子だったから。いや鴉になっている時点ですでに普通じゃないけど。うっかりしていたのかもしれない。葵は貫太郎が死神だということを軽く考えていた。ごくりと唾を飲み込んで、葵はおずおずと貫太郎を見ないように視線を外す。
「わ、わかったわよ、やりゃあいいんでしょう。じ、じゃあその拳銃みたいなの貸してよ」
偉そうにいうわりにはしっかり言葉は震えている。貫太郎は真面目な顔を作っていることが難しくなったのか、息を止めていたかのようにぷはっと息を吐いた後大声で笑った。
「やっぱ葵って面白いな。でもさ、葵に銃は渡せない。極度に怖がっている奴ほど恐ろしいものはいないからな。敵見方無差別に銃を乱射される危険性が高い。小さい物音に驚いてそこら辺大量虐殺なんてされたら俺が冥府にとっ捕まる」
「じゃあ丸腰でやれと?」
まあまあと言いながら貫太郎は鞄から刃渡りが二十センチほどの片刃のナイフを取り出した。皮の鞘に入っているのをスラリと抜くと、青白い光を放って剥き身の刀身が姿を現す。
結構肉厚の刃だが先のほうが濡れているように見える。それを恐る恐る受け取った葵が一振りすると目の前の空間に一本の線が、振ったナイフの後をたどって一瞬見えて……消えた。
「おい、気をつけろ。それは空間ごと斬っちまうからな」
「空間ごと?」
「そういうこと。まあ葵にはさっきみたいな奴が出てこない、楽なのを振ってやるから心配するな。そのナイフもいざって時以外は仕舞っとけよ」
貫太郎はそう言うとナイフを葵から取り上げて鞘に戻し、葵のデニムのベルト通しに括りつけた。
「ちょっと休憩しに行こうぜ」
言いながら貫太郎が、葵の手を取る。その訳に気づいて葵は無駄と知りつつも提案を持ちかける。あれだけは嫌だ。
「歩いて行きたいんだけど」
「そんな余裕は無し」
「いやだぁっ」
葵の叫び声を残して、二人のすがたは空に消えた。




