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5・ターゲット(横山 真理子)

「あそこにいるのがターゲットだ。胸のところがオレンジ色に光ってるだろ? あれが青く変わったら俺たちの出番だ」

 病院の一室で寝かされているのは二十代後半か三十代始め頃の女性。その周りを彼女の家族が取り囲んでいる。

「ああ、あんな小さな子どもを置いていかなくてはならないんだ、あのお母さん。心残りだろうなあ」

 葵のつぶやきに貫太郎が鋭くつっこむ。

「だから俺たちが死ぬ前から張ってるんだよ。手際良く招魂できないと掻っ攫われちまうからな」

「え? 誰を、何が攫うって?」

「悪霊たちだよ、あいつら迷ってる魂が大好物なんだ。喰って自分に取り込んで膨れあがる。そして迷った魂の悪意だけコピーしてこの世に放つんだ」

「じゃあ私たちの仕事って迷いそうな魂を確保すること、なんだ」

 葵のほうを振り返って貫太郎はにこりと笑った。

「そういう事、魂を招魂して冥府に確実に送ることが仕事だ。ゆえに俺たちは招魂士しょうこんしと呼ばれている」

「誰が呼んでんのよ」

「俺たち」

 ここで見てろよ、と貫太郎は鴉に姿を変えて飛び出していった。

「貫太郎って鴉なの?」

 葵はそう呟いた。




 加奈ちゃん……ママ先に死んじゃってごめんね。もう意識が無いはずのこの思いは魂の思いなのか。自分を見つめるわが子がママ、ママと言い続ければ母親が起きるのではと思っているのかというように呼び続けている。

 パパ、ごめんね。ひたすらに唇を噛んでいる夫にも真理子は謝った。そこへ自分の子どもとそう変わらない年恰好の少年が真理子の手に触れた。

「真理子さん、このまま死んじゃっていいの?」

 少年の言った言葉に驚いて真理子は少年を見下ろす。

 ――一体、この子は誰?

「死んじゃっても加奈ちゃんを見守っていたくないの? 好きな人たちと一緒にいたくないの?」

 わずかに舌足らずの口調で、その少年は上目使いで真理子を見上げる。心配そうな気遣うような顔で。

「そりゃあ、おばちゃんだってここにいたいわよ。ぼく、どこから入って来たの?」

「ねえ、ぼくと一緒に来てよ。そしたら真理子さんは家族の所へ戻れるから」

「本当なの?」

「もちろ……」

 ぶつりと少年の声が切れた。

 その少年の声を断ち切ったのは、どこから入ったのか、弾丸のように飛び込んできた鴉だった。鴉はその鋭いくちばしで少年のぷっくりした頬をえぐるようにつつく。

「何をするの? 止めなさい、こらっ」

 大慌てに手を振り回す真理子の腕が鴉に当たって、鴉は大きく飛ばされたが急ブレーキをかけたみたいに宙に止まる。

「おばさん、痛いじゃないか。あんた何騙されてんだよ。自分の子どもみたいに守ってやってる奴の正体見てみろよ」

 鴉の言葉に真理子は少年の姿を捜す。少年はうずくまっていたが、さっきまでの様子と変わってきているのに真理子は気付いて、そこから大きく後ずさった。

 ボコボコと音がして体が膨れ上がっているのが見える。その膨らんだ部分からにゅるりと蛸のような触手が二本、三本と突き出ていた。

「痛い、痛い、痛い。真理子さん、助けてよ」

 声は少年のままなのにその姿はまるで化け物だ。

「おばさん、あんたこいつの仲間になるところだったんだぜ。それともこいつみたいな姿で家族の所に出かけて行く気か? 加奈ちゃんもさぞ喜ぶだろうぜ」

「わ、わたしは……」

 鴉の言葉にたじろぐ真理子の肩にぱたりと件の鴉が止まる。

「おばさん、天国に行ったってここにいたってあんたの家族はあんたの魂とともにある、と俺は思うぜ。ゾンビみたいにうろついたってあんたの気は晴れやしない。加奈ちゃんやあんたの旦那の居場所を先に確保しとくつもりになって行ってみないか。加奈ちゃんだってお母さんが天国に行ってると思いたいはずだ」

「そうかしら? そうよね、ありがとう鴉さん」

 真理子の差し出した指を鴉が優しくつん、とつついた。真理子の胸の辺りが青く光り出し、粒子のようなビー玉ほどの青い球体になったかと思うところりと転がった。それを鴉は咥えて窓を突き抜けて飛び立つ。その鴉を追って長い触手が伸びていく。

「あ、捕まる」

 葵が思わず口にした瞬間、鴉は元の貫太郎の姿に戻ると鞄からフィルムケースみたいな入れ物を取り出して球体を入れ、蓋を閉めて鞄に収めた。次いで飛び上がっていた体が、今度は勢いよく化け物と化した少年に向けて落ちていく。貫太郎はデニムの後ろに差し込んでいた拳銃を素早く構えると、慣れた様子で触手の大元に向けると引き金を引いた。

 ズイーンというピストルとはまったく違う音とともに、白熱した光が化け物の中心を真っ直ぐ貫いてテレビでお馴染みの爆発がおこる。化け物の体は小さいかけらになって飛び散った。べちゃりと壁や柱、ベッド、その場に居るもの全てに粘着質の皮膚片が引っ付いたが誰も気にも留めた様子は無い。そのうちにそのスプラッタな物は、ドライアイスのように煙りを出しながら消えていった。

 縋りつく家族や医師、看護士たちの輪から目をやっと逸らして葵は立ち上がって戻って来た貫太郎を見た。


 ――これが仕事、ってこんな事を私が出来るわけがない。


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