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4・出発

「おい、行こうぜ」

 貫太郎は歩き出したが、後ろに葵が付いて来ていないことに気付き眉をひそめた。

「何なんだよ、行こうぜ」

「この格好じゃ、ここから一歩も動かないから」

 葵が盛大に鼻からふんっと息を出して言うのを、貫太郎は訝しげに見る。その格好のどこがダメなのかがわからない。動き易そうでいいじゃんか。

――実際、俺が無理やり着せたんじゃないし。

「変なやつだな。じゃあ何にすればいいんだ? ドレスか? 着物か?」

「いいから家に寄ってよ。着替えるから」

 まったくもーうるせえ、と貫太郎は呟いた。

「じゃあ行くぜ、あんたん家」

「ちょ、ちょっと待っ……」




 手を掴まれた葵は、思わず口から胃袋が出るかと思うほどの驚きに声も無かった。慌てて抱き着いた貫太郎は猛スピードで真上に向かって急上昇する。一旦止まるとそこから直線的に葵のマンションに目標を定めるや否や、ビルすれすれにまっすぐ葵を掴んだまま空中を一気に飛んでいる。考えもしなかった展開に葵は口を開けたままだったが、そのせいで五月のこいのぼりのように口の中に遠慮なく空気が流れ込んでいく。  

 あっと言う間に自宅のマンションのベランダの手すりの上に貫太郎は降り立つと、葵をベランダの中に降ろした。暴風のせいでまるでコントの爆発後のような頭になった葵は、ふらふらとベランダの掃き出し窓の取っ手に手をかける。すると窓は鍵などないかのようにするりと開いた。

「開けといてなんだけど、鍵掛け忘れてたのかな」

 葵の言葉にぷっと貫太郎は吹き出しながら答える。

「俺たちがいちいち鍵に引っかかってたんじゃあ仕事なんてできないだろ。死にたくないやつがこぞってセキュリティに励んでみろ。俺たち居留守使われたセールスマンみたいじゃんか」

 誰もいないリビングは葵が病院に運ばれていったままで、血と水が床を汚していた。それを見て、葵は自己嫌悪の穴に落ちそうになり、慌てて自分の部屋を目指した。

 ドアを開け放って、タンスを上から次々開けて物色するが、中身は季節が冬に逆戻りしたように冬物のオンパレードばかり。受験のときから家でいるときはスウェットだった。おしゃれなんてどうでも良かった。

 それを言うなら何もかもがどうでも良かったのだ。焦りながら今度はクローゼットの中を豪快にあさる。そしてやや皺のよった長袖のTシャツとデニム、つまり貫太郎となんら変わらない服を探し出した。

「何だ、俺と同じ格好がしたかったの?」

「うるさい、同じように見えて実は何倍もこっちのほうがイケてるんだから。とりあえず出てて」

 なんで? とか言ってる貫太郎を締め出して、バタンとドアを閉めると葵は着替えを始める。考えてみればちゃんと着替えて出かける準備なんて何ヶ月ぶりなんだろ。そう思いながらベッドを見ると、貫太郎がうつ伏せに寝っころがりながらネットで定期購入しているアニメ雑誌をパラパラとめくっていた。

「何であんたがそこにいんのよーっ、エッチ、ばか、死神」

「別に葵を見てたんじゃないし、いいじゃん。でも悪口に死神って……センスないなあ」

「だって」

「ところでもういいの? もう行こうぜ」

「うん」

 葵は部屋を出るとリビングをゆっくりと眺めた。

 ――私、帰ってくるからね、待ってて。

 心の中でつぶやく。

 そこへ、おい早くしろと声が聞こえて貫太郎がベランダから手招きをしているのを見て葵はがっくりとうなだれた。



 ――また、それなのか。


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