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18・貫太郎の罪―2

「ざまあみろ」

 その声の後に大量の鉄砲水が下流に流れていく。その濁流の中に自らものまれながら佐吉は、ざまあみろと叫び続けていた。去年の日照りの影響で大木が立ち枯れ、保水力が無くなった山肌をその鉄砲水が呼び水になって周りの土砂を巻き込んでいく。

 下の村につくころには大きな土石流になり、いくつもの村が被害を受けて大勢の村人が死んだ。




「それが俺の罪だ。俺のせいで罪の無い人間が百人ぐらい死んだ。そういうこった。話はこれで終わり、気がすんだか?」

 佐吉こと貫太郎は、そう言って葵の方を向いた。

「貫太郎……ごめん」

「え?」

 葵の謝罪に、貫太郎は驚いて首を傾げる。

「何でおまえが謝るんだ?」

「だって、言いたくなかったんでしょ? 思い出させちゃって……ほんと、ごめん」

 最後はしゃくりあげるように、葵はごめんを繰り返した。

 ――何て壮絶な過去を持っていたのだろう。私なんて比較にならない……。

「やめろ、そんな事比較なんてするなよ。死のうと思った理由なんて人それぞれだし、その時の事情を他人と比べたって仕方ないよ。おまえが辛かったのは事実なんだから」

 肩を抱かれて葵は、貫太郎の胸にすがりついて泣いた。貫太郎の辛かった気持ちを、境遇を思うと酷くやるせなかった。

「なあ、俺が可哀想だと泣いてくれる気持ちには感謝する。だけどだからって俺が百人もの人たちを殺したことが、正当化されるわけじゃない。それに葵に打ち明け話をしなくったって、俺があのことを忘れることはないんだ」

 貫太郎は、しっかりと葵を抱いていたがその目は遠くを――遥か昔を見ていた。

「貫太郎が怒るのは無理ないじゃない。そんな酷い目に会ったら私だって……」

 言いかける葵の口を貫太郎は、右手でそっと押さえる。

「だけど、それで関係ない人を殺していい理由なんかにはならない。もっと言うなら村長だって、村役だって、神主だったとしても。あいつらにも家族がいて、守りたいものがあったんだ。姉ちゃんにしたって俺を守りたかった。その思いを俺は分かろうとしなかった、いや何にも分かりたくなかったんだろう」

 血を吐くような貫太郎の言葉に、葵はかける言葉もない。

「俺は姉ちゃんのためとか言って、実は俺自身のうっぷんを晴らしたいだけだった。自分を置いて死んじまった両親に。汚い村の連中に。自分の運命に逆らうこともしない姉に。そして、強引にでも姉を連れて逃げなかった自分に――だ」

「もう、いいから。貫太郎、いいから」

 そう、言いながら泣いているのは葵の方だった。貫太郎の話は、身を切られるように切なくて、葵にはどうしてあげられるのかも見当がつかない。

 泣声が収まってきたのに気づき、貫太郎は自分のTシャツをまくると葵の顔をごしごしと拭いてやる。そして背中をぽんぽんと優しく叩き続けた。

「何で俺がなぐさめてんのか訳わかんないけど。この後、チュウとかしてみる?」

 貫太郎の言葉に、泣き止んではれぼったい目を手の甲で拭って、葵は勢い良く立ち上がる。

「何よ、人がこんなに同情してたのに。この変態、バカ、死神」

 泣き笑いのような顔を見せる葵に、貫太郎はいつもの笑顔をみせる。

「ま、落ち込んでるより、そっちの方がぜんぜんいいよ。って、ぜんぜんってこういう使い方でいいんだっけ?」

 ぱんっと葵の背中を叩くと、貫太郎はベンチから立ち上がって振り向く。



「冥府に戻ろう」

「……うん」



 

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